「邦」

白川静『常用字解』
「形声。音符は丰ほう。説文に“国なり” とあり、邦国(くに)をいう。金文の字形は土(社のもとの字)の上に丰(若木の形)を植え、その傍らに邑(集落の意味)を加える形で、封建の儀礼をいう。それで邦は領土、封建によってつくられた“くに”の意味となる」

[考察]
1603「封」では封は「封建の儀礼」とある。本項でも邦を「封建の儀礼」とする。封と邦は関係があるはずだが、これについて言及がない。しかも封は会意で邦は形声とし、食い違う。言葉という視点がなく、ただ字形から解釈するから、意味が同じになってしまう。
邦は語史が古く次の用例がある。
①原文:邦君諸侯 莫敢朝夕
 訓読:邦君諸侯 敢へて朝夕するもの莫し
 翻訳:くにの君主・諸侯は 朝夕の参内に来ない――『詩経』小雅・雨無正
②原文:展如之人 邦之媛也
 訓読:展(まこと)に之(か)くの如き人 邦の媛なり
 翻訳:本当にこのような人こそ 天下第一の美女――『詩経』鄘風・君子偕老

①は諸侯の封ぜられる領域の意味、②は比較的大きな国家の意味で使われている。これを古典漢語ではpŭng(呉音でホウ、漢音でハウ)という。これを代替する視覚記号しとして邦が考案された。
邦と封は同源の語である。字形も似ている。封については既に述べてあるので再掲する。
封は字体が変遷するが最初は「丰(音・イメージ記号)+土」であった(後に土を加えて「 㞷+又」、次に「㞷+寸」、最後に「圭+寸」となった)。丰は草木の枝葉が上に向かって茂っている形である。『説文解字』に「草盛んなること丰丰たり」とある。草木という実体に重点があるのではなく、茂った状態に重点がある。それは⌒の形や∧の形に盛り上がった形態である。両側からせり上がるように↗↖の形や∧の形に盛り上がるというイメージでもある。したがって封は↗↖の形や∧の形に土を盛り上げる情景である。封は「土を盛り上げる」の意味。ここから、土を盛り上げて境界をつける→境界をつけた領土→領土を与えるの意味へ展開する。(1603「封」の項)
これで邦の字源も明らかであろう。邦は「丰(音・イメージ記号)+邑(限定符号)」と解析する。丰は上記の通り「↗↖の形や∧の形に盛り上げる」というイメージを示す記号。邑は村・町・都市など比較的大きな土地に関わる意味領域を示すための限定符号。したがって邦は土を盛り上げて領有の印とした地域を示す。この意匠によって上記の①の意味をもつpŭngを表記した。