「剖」

白川静『常用字解』
「形声。音符は咅はい。咅は草木の実が熟して剖れようとする形で、これを刀で二つに分けることを剖といい、“わける、さく、わる、さきひらく、ひらく”の意味となる」

[考察]
咅の字解の疑問については1477「倍」で述べたので繰り返さない。
まず剖の古典における用例を見る。
①原文:剖之以爲瓢。
 訓読:之を剖(ひら)きて以て瓢と為す。
 翻訳:これ[ひさごの実]を二つに裂いて瓢簞をつくる――『荘子』逍遥遊
②原文:剖心析肝相信。
 訓読:心を剖(ひら)き肝を析きて相信ず。
 翻訳:心を開き誠意を示して信じ合う――『漢書』鄒陽伝

①は刃物で切り分ける意味、②は比喩的な使い方で、二つに開く、解き分ける意味。これを古典漢語ではp'uəg(呉音でフ、漢音でホウ)という。これを代替する視覚記号しとして剖が考案された。
剖は「咅ホウ(音・イメージ記号)+刀(限定符号)」と解析する。咅については1477「倍」から再引用する。
咅は「否ヒ(音・イメージ記号)+(イメージ補助記号)」と解析する。否は「不(音・イメージ記号)+口(限定符号)」と解析する。不が言葉の根源のイメージに関わる基幹記号である。不は否定詞である。「そうではない」というのが否定の行為である。ここには「←→の形に(左右に、両側に)分ける」というイメージがある。これが否という語のコアイメージである。「」は唾を示す符号。したがって咅は唾を吐き捨てて拒否することを示した図形。これにも「←→の形に(左右に、両側に)分ける」というイメージがある。二つに分ける」のイメージは「▯←→▯」「▯-▯」の形でも表せる。これは視点を変えれば「▯・▯」の形、つまり「二つ並ぶ」というイメージである。「二つに分かれる」と「二つ並ぶ」のイメージは視点の置き所の違いに過ぎない。一つのものが二つに分かれると、二つ並び、数がもう一つ増えることになる。倍とはまさにこの意味である。(以上、1477「倍」の項)
咅は「←→の形に分ける」「二つに分かれる」というイメージを示す記号。刀は意味領域が刃物と関係があることを示す限定符号。したがって剖は刃物で二つに切り分けることを示している。