「脈」

白川静『常用字解』
「会意。𠂢はいは分流する水の形で、体の部分であることを示す月をそえて、“血管、血のすじ、すじ”を脈という」

[考察]
字源説としてほぼ妥当である。しかし字形だけの解釈で、言葉が見えない。脈とはどんなイメージの言葉か。どんな深層構造があるのか。これを究明しないと言葉としての捉え方にならない。
𠂢は派や覛(ベキ・ミャク) などの音・イメージ記号となっており、音の類似によって脈でも音・イメージ記号となっている。したがって脈は「𠂢(音・イメージ記号)+肉(限定符号)」と解析すべきである。
脈は古典で次のように使われている。
 原文:凡藥以酸養骨、以辛養筋、以鹹養脈。
 訓読:凡そ薬は、酸を以て骨を養ひ、辛を以て筋を養ひ、鹹を以て脈を養ふ。 
 翻訳:一般に薬は酸味で骨を養い、辛味で筋肉を養い、塩味で血管を養う――『周礼』天官・瘍医
脈は血管の意味で使われている。これを古典漢語ではmĕk(呉音でミャク、漢音でバク)という。これを代替する視覚記号しとして脈が考案された。
𠂢はpĕgの音でmĕkと類似性がある。血管を意味するmĕkを造語するために𠂢のイメージを利用するのである。𠂢については1460「派」で述べている。
𠂢と永は鏡文字である。永は水が幾筋にも分かれて流れる形である。これを左右反転させた形が𠂢。二つの違いは視点の置き所にある。永が長く続くことに視点を置くのに対し、𠂢は小さな筋がいくつも分かれることに視点を置く。(以上、1460「派」の項)
このように𠂢は「本体から小さな筋が分かれる」「小さい筋が細く長く連なる」というイメージを表す記号となる。これに身体と関係があることを示す限定符号の肉を添えた脈は、体内で幾筋にも細かく分かれて血を通すルート、すなわち血管を暗示させる。
意味はコアイメージによって展開する。「幾筋にも分かれて連なる」というイメージから、筋をなして連なるものという意味に転義する。これが山脈や鉱脈・金脈の脈である。「一脈のつながり」などという言い方にも細かく連なる筋というイメージがある。