「夢」

白川静『常用字解』
「会意。萈と夕とを組み合わせた形。萈は眉を太く大きく描いた巫女が座っている形。夢は睡眠中に深層心理的な作用としてあらわれるものとされるが、古くは呪術を行う巫女が操作する霊の作用によって夜(夕)の睡眠中にあらわれるものとされた。それで夢は“ゆめ、ゆめみる”の意味となる」

[考察]
字形の解剖に疑問がある。上の字解は「夢」ではなく、「ゆめ」を表すとされる甲骨文字らしい。しかし甲骨文字の「ゆめ」に当たる字と「夢」は字体上のつながりがない。常用字解としては「夢」を解剖する必要がある。字体上の区別を無視して夢を「萈+夕」に分析するのは誤りである。
萈は寛に使われる記号で、230「寛」では「祖先を祭る廟(宀)の中で、眉を太く大きく描いた巫女(萈)がお祈りしている形。巫女は神がかりの状態となって、寛いだ様子で神託を述べる。うっとりとして意識のない状態であるので、“ゆるやか”の意味となり、また神意を受けているので、“ゆたか、ひろい”の意味となる」と説明している。この字解にも疑問があるが、「萈+宀」で「うっとりとして意識のない状態」といい、「萈+夕」で「ゆめ」の意味だという。「うっとりとした状態」と「ゆめ」は何の関係があるのか。眉を太く描いた巫女と夕とで、なぜ「ゆめ」の意味になるのか、奇妙というほかはない。
また「ゆめ」が巫女の専売特許のような説明だが、誰でもゆめを見るはずである。巫女のゆめが「ゆめ」の起源とは常識的に考えられない。
古典における夢の用例を見る。
①原文:視天夢夢
 訓読:天を視れば夢夢ボウボウたり
 翻訳:空を仰げば暗くおぼろげ――『詩経』小雅・正月
②原文:乃占我夢
 訓読:乃ち我が夢を占ふ
 翻訳:そこでゆめを占った――『詩経』小雅・斯干

①は暗くてよく見えない意味、②はゆめの意味で使われている。これを古典漢語ではmiuəng(呉音でム、漢音でボウ)という。これを代替する視覚記号しとして夢が考案された。
夢は「Aベツ(音・イメージ記号)+冖(イメージ補助記号)+夕(限定符号)」と解析する。A(苜の上部が草冠ではなく、中央が切れた形)は軽蔑の蔑や瞢の上部に含まれている。これは逆まつげの形である。ただし実体に重点があるのではなく形態や機能に重点がある。逆まつげは視力を妨げるので、「よく見えない」というイメージを表す記号となる。蔑は人を無視する→ないがしろにする・ばかにする意味、瞢は目がはっきり見えない意味。冖は覆いなどの形で、「覆いかぶさる」というイメージがある。夕は夜と関係があることを示す限定符号。したがって夢は夜のとばりに覆われてあたりがはっきり見えなくなる状況を示す図形である。 この意匠によって①と②の意味をもつmiuəngを表記した。
「ゆめ」の現象は見えない(意識のない)状態で現れるものだから、miuəngというのである。miuəngには上のように二つの意味がある。後に②だけに特化する字ができた。これは㝱である。寢(寝る)の略体と夢を合わせた字なっている。