「面」

白川静『常用字解』
「象形。目だけあらわれている仮面の形。のち顔面の意味となり、“おもて、かお、つら、むかう”の意味に用いる」

[考察]
目だけ現れた仮面の形から「仮面」という意味が出たという。仮面の意味から顔面の意味に転じたという。非はなさそうな字源説である。
古典では面はどのように使われているかを見る。
①原文:匪面命之 言提其耳
 訓読:面もて之に命ずるに匪(あら)ざれば 言(ここ)に其の耳を提せん
 翻訳:面と向かって言うだけでなく 相手の耳を引っ張って言い聞かせよう――『詩経』大雅・抑
②原文:雍也可使南面。
 訓読:雍や南面せしむべし。
 翻訳:雍[人名]は南向きに座る[君主になれる]人物だ――『論語』雍也

①はかおの意味、②はある方向に向かう意味で使われている。これを古典漢語ではmian(呉音でメン、漢音でベン)という。これを代替する視覚記号しとして面が考案された。
「かお」の意味では顔という言葉(また図形)があるが、面はこれとは違った発想から生まれ、②の意味などに展開する語である。顔は顔面部分の形態的特徴から「くっきりとの形を呈するひたい」から転じた語であるが、これに対して面は平らに広がった枠をもつ特徴を捉えた語である。後者は平面のような使い方や、一定の方向を向く(面と向かう、面を合わせる)という使い方(面壁・直面の面)に展開する。また「顔を覆うもの」という意味にも転じる。これが仮面の面である。白川は転義を最初の意味としている。
面は頁(あたま)の上部や首(あたま)の下部の形を、ぐるりと線で囲んだありさまを図にしたものである。この意匠によって、頭部のうち外枠で囲まれた部分(つまり顔面)を暗示させている。顔面には鼻のような突起もあるが、全体的に平らな面をなしている。だからmianという語は「平らに広がる」というコアイメージをもつ語である。このコアイメージから上記の通りの意味展開をするのである。