「綿」

白川静『常用字解』
「会意。もとの字は緜に作り、帛と系とを組み合わせた形。系は糸すじ、帛はきぬであるから、きぬわたをいう」

[考察]
帛(きぬ)と系(糸すじ)でなぜ「きぬわた」の意味なのか、ぴんと来ない。これではなぜ「わた」の意味なのかの理由が分からない。また肝心の「綿」の字の説明がない。 
緜の字体が変わって綿となったものである。字体の変化は意味の変化に対応する。緜はどういう意味であったか、古典の用例を見よう。
①原文:緜緜葛藟 在河之滸 
 訓読:緜緜たる葛藟 河の滸に在り
 翻訳:ずるずる続くクズの蔓 河の堤に延びてった――『詩経』王風・葛藟

緜は細く長く続くという意味で使われている。これを古典漢語ではmian(呉音でメン、漢音でベン)という。これを代替する視覚記号しとして緜が考案された。
緜は「系(イメージ記号)+帛(限定符号)」と解析する。系は「一筋につなぐ」というイメージがある。帛は白い絹布で、絹布と関係があることを示す限定符号として使われている。したがって緜は生糸をつないで絹布を作る工程を想定した図形。この意匠によって「細く長く続く」「長く続いて絶えない」ことを暗示させる。
生糸をつないで衣類の用途とされたことから、緜は絹わたの意味に転じた。後に木わたが中国に登場し、絹わたとの類似性からこれをmianと呼ぶようになったが、緜の字体を変えて表記するようになった。これが綿の由来である。次の用例がある。
②原文:適會女子擊綿於瀨水之上。
 訓読:適(たまた)ま女子の瀬水の上に綿を撃つに会ふ。
 翻訳:たまたま早瀬のほとりで綿を打つ女性に出会った――『呉越春秋』王僚使公子光伝

この綿は木わたの意味である。綿は緜の一部を取って糸偏をつけたもの。だから「緜の略体(音・イメージ記号)+糸(限定符号)」と解析する。これによって、細長い繊維をもつ木わたを暗示させる。後に植物としてのワタは糸偏を木偏に代えて棉と書くようになった。