「茂」

白川静『常用字解』
「形声。音符は戊。説文に“艸、豊盛なるなり”とあり、盛んに茂ることから、茂功・茂材のように、“すぐれる”の意味に用いる」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説くのが特徴である。しかし本項では戊から会意的に説明していない。白川学説の体をなしていない。
茂は語史が古く、古典で次のように使われている。
①原文:如松柏之茂
 訓読:松柏の茂るが如し
 翻訳:マツやコノテガシワが茂るように永遠だ――『詩経』小雅・天保
②原文:德音是茂
 訓読:徳音是れ茂(さか)んなり
 翻訳:恩愛の言葉たっぷりくだされた――『詩経』小雅・南山有台

①は草木がしげる意味、②は勢いが盛んである意味で使われている。これを古典漢語ではmog(呉音でモ、漢音でボウ)という。これを代替する視覚記号しとして茂が考案された。
茂は「戊(音・イメージ記号)+艸(限定符号)」と解析する。『釈名』では「戊は茂なり」とあり、茂と戊を同源と見ている。戊は武器の一種である。しかし実体に重点があるのではなく形態や機能に重点を置くのが漢字の造形法である。戊は矛と似ているが、矛のように突き刺すものではなく、上から振りかぶって打つものである。だから戊は「上から覆いかぶさる」というイメージを表すことができる。艸は草・植物と関係があることを示す限定符号。したがって茂は草木の枝葉が覆いかぶさる状況を暗示させる図形である。この意匠によって上の①の意味をもつmogを表記する。
②は転義である。さらに、③体格や才能などが立派である意味に転じる。白川は③を主として述べている。「茂る」から「優れる」への意味展開は飛躍に過ぎる。②を媒介として③の意味に展開するのである。