「模」

白川静『常用字解』
「形声。音符は莫。説文に“法なり”とあり、模範(型。また、見ならうべき手本)の意味とする。上から被せて竹で作る型を範といい、木で作る“かた”を模という。手でさぐることを摸という。“かたどる、のっとる”の意味にも用いる」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説くのが特徴であるが、本項では莫から会意的に説明できていない。字源を放棄している。なぜ「かた」を模というのか、「さぐる」を摸というのかの説明ができない。
同じ物を複製する道具を日本語では「かた」というが、漢語では一般に型という。材料によって言い方を替え、型は粘土製とされる。竹製なら範、木製なら模、金属製なら鎔という。これらは漢代以後に現れる語である。
模は「莫(音・イメージ記号)+木(限定符号)」と解析する。莫は「茻(くさむら)+日」を合わせて、くさむらの間に日が沈む情景で、暮の原字。莫は「隠れて見えない」というイメージを表す記号となる。一方、その前提には「覆いかぶさる」というイメージがある。何かに覆われるから、中の物は隠され、見えなくなる。だから莫は「隠れて見えない」というイメージと「覆いかぶさる」というイメージがある(1667「墓」を見よ)。また「見えない」というイメージは「無い」というイメージに転化する。さらに「無い」のイメージから「無いものを求める」のイメージに転化する。これは漢語独特のイメージ転化現象である(莫→募・慕、亡→望なども同例)。
このように莫には「覆いかぶさる」と「無いものを求める」というイメージがある。木は木に関係があることを示す限定符号。したがって模は鋳物などを造る際に、素材にかぶせて、まだ形になっていないものを求めるための木製の枠、すなわち「かた」(鋳型)を暗示させる。
「かた」は同形の物を造るための元になるものであるから、モデル・手本の意味に展開する。これが模範の模である。また原型の通りにまねる意味を派生する。これが模倣・模写の模である。
一方、暗中模索のように模索という使い方がある。摸索とも書かれるが、同じである。なぜこんな意味になるのか。それは「無い(見えない)ものを求める」というコアイメージと関係がある。見えないものを手探りして求めることを模・摸というのである。
また曖昧模糊という使い方がある。模糊とは何か。模のコアイメージは「無い(見えない)ものを求める」であるが、前半に焦点を置けば「無い」「見えない」というイメージである。だからぼんやりとして見えない状態を模糊というのである。ちなみに糊は「のり」であるが、絵や文字になすりつけて消すものである。模糊はmo-koで、韻を同じくする畳韻語であるが、なぜ模糊と書くかの理由は以上の通りである。