「野」

白川静『常用字解』
「形声。音符は予。甲骨文字・金文に埜の字形があり、林の中に社のあるところをいう。里は田と土とを組み合わせた形で、田の神を祭る社のあるところである。里に音符の予を加えて野となる。もと社のある林や田畑を野といい、のち“の、のはら、いなか、いやしい”の意味に用いる」

[考察]
野の意味は里から出て、予は単なる音符と見る説である。里は「田の神を祭る社のあるところ」の意味で、これから、野は「社のある林や田畑」の意味が出たという。
里に「田の神を祭る社のあるところ」という意味があるのかも問題だが、限定符号の里から野の意味を引き出すのも問題である。言葉の基幹(深層構造)は予にあるのにこれが無視されている。野を「社のある林や田畑」の意味とするが、こんな意味が野にあるだろうか。予の解釈がない限り字源の放棄と見なす。
まず古典における野の用例を見る。 
①原文:之子于歸 遠送于野
 訓読:之(こ)の子于(ここ)に帰(とつ)ぐ 遠く野に送る
 翻訳:この娘は嫁に行く 遠く町外れまで見送った――『詩経』邶風・燕燕
②原文:天下之農、皆悦而願耕於其野矣。
 訓読:天下の農、皆悦びて其の野に耕さんことを願ふ。
 翻訳:天下中の農民はみな喜んで田野を耕したいと願った――『孟子』公孫丑上

①は郊外の土地の意味、②は原野、野原(耕作していない土地)の意味で使われている。これを古典漢語ではdiăg(yiă)(呉音・漢音でヤ)という。これを代替する視覚記号しとして野が考案された。
野は「予(音・イメージ記号)+里(限定符号)」と解析する。予が言葉の深層構造に関わる基幹記号であり、コアイメージの源泉である。里は「さと」と関係があることを示す限定符号である。限定符号は意味領域を指示するもので、意味素に含まれるとは限らない。限定符号はメタ記号であって、言葉の意味領域を指示するほか、図形的意匠の場面作りの働きをする。これを重要視して言葉の意味を捉えることはできない。
予はどんなイメージを表すのか。これについては該項で詳説する。868「序」でも述べた通り、「横に延びる」というイメージを示す記号である。里は村・町に関係があることを限定符号。したがって野は人の住む村や町から横に延びていく空間を暗示させる。この意匠によって上記の①②の意味をもつ言葉を表記する。
古代中国の地理観では都城を中心として、その外側百里の地を郊、さらにその外側百里の地を野といった。野は人の住まい荒れ地、辺境のイメージをもつ言葉である。文化から離れているから、野は「都会的ではない」「礼儀に合わない」「粗野である」という意味を派生する。
白川は野を「社のある林や田畑」の意味としたが、これでは転義の説明ができない。