「躍」

白川静『常用字解』
「形声。音符は翟。翟は飛び上がろうとして羽を揚げている鳥の形。獣が足を揚げて跳躍することを躍といい、“おどる、はやい、あがる”の意味に用いる」

[考察]
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。翟(飛び上がろうと羽を揚げる鳥)+足→獣が足をあげて跳躍するという意味を導く。
躍に「獣が足を揚げて跳躍する」という意味があるだろうか。こんな意味はない。だいたいなぜ獣なのか。鳥は空中に飛ぶものだが、獣はそんなことはできない。豹のように跳躍できるのはほんの一部の獣であろう。「飛び上がる」と「跳ね上がる」は言葉としてはかなり違う。しかし共通点もある。この共通点に着目しないと翟と躍のつながりが分からない。
意味は字形からは出てこない。言葉の使われる文脈から出るものである。まず古典の文脈を見よう。
 原文:鳶飛戾天 魚躍于淵
 訓読:鳶は飛んで天に戻(いた)る 魚は淵に躍る
 翻訳:トビは飛んで天までのぼり 魚は淵で水面にはね上がる――『詩経』大雅・旱麓
躍は高くはね上がる意味で使われている。これを古典漢語ではdiɔk(yiɔk)(呉音・漢音でヤク)という。これを代替する視覚記号しとして躍が考案された。
躍は「翟(音・イメージ記号)+足(限定符号)」と解析する。翟については1211「濯」で述べている。 翟は「羽+隹(とり)」を合わせて、鳥の羽が高く上がっている情景を設定した図形。翟はヤマドリという鳥の名である。古代中国ではヤマドリの尾羽を冠の装飾に用い、冠に高々と挿した。だから「羽+隹」の図形でヤマドリを表した。しかし濯・擢・躍・曜などのグループ(諧声語群)では実体に重点があるのではなく形態に重点がある。「高くあがる」というイメージが取られるのである。飛ぶこととは違い、地面から上方に↑の形に上がるというイメージである。
翟は「上方に↑の形に高く上がる」というイメージ。足は「あし」と関係があることを示す限定符号。獣の足とは限らない。躍は足で地面をはねて高く上がる情景。この図形的意匠によって、「はね上がる」「おどり上がる」という意味をもつdiɔk(yiɔk)を表記した。