「由」

白川静『常用字解』
「象形。もとの形はおそらく卣。瓢簞の類の実が熟して溶け、殻の中がからっぽになった形である。由は説文にはなく、その由来が知りがたい字であるが、青銅器の卣(さかだる)の形と似ており、おそらく卣がもとの字であろう。“よる、よし、もちいる”の意味に用いるのは、その音を借りる仮借の用法である」

[考察]
由を卣とするのも疑問だが、一方では卣を「瓢簞の類の実が熟して溶け、殻の中がからっぽになった形」といい、他方では「青銅器の卣」の形とするのは、不統一である。卣を酒器の形と見る説は白川以外にもある。しかし卣を「瓢簞の類の実が熟して溶け、殻の中がからっぽになった形」と見る説はほかにない。この説は何の根拠もない。だいたい卣は「瓢簞の類の実が熟して溶け、殻の中がからっぽになった形」にはとうてい見えない。それよりも由を卣とすることに疑問がある。また仮借説も納得しがたい。解釈ができないから仮借説に逃げたにすぎない。
白川漢字学説には言葉という視座がなく、字形だけを相手にするから、言葉が見えない。いくら字形をいじっても意味は出てこない。意味とは「言葉の意味」であって字形から出るものではなく、言葉の使われる文脈から出るものである。
古典における由の用例を見る。
①原文:魯道有蕩 齊子由歸
 訓読:魯道蕩たる有り 斉の子由(よ)りて帰(とつ)ぐ
 翻訳:魯の道ははるかに遠い 斉の娘はここを通って嫁に行く――『詩経』斉風・南山
②原文:由醉之言 俾出童羖
 訓読:酔ひに由るの言 童羖ドウコを出(い)ださしむ
 翻訳:酔いによる言葉は 角のない羊を出すようなもの[でたらめ]――『詩経』小雅・賓之初筵
③原文:雖欲從之、末由也已。
 訓読:之に従はんと欲すと雖も、由(よし)末(な)きのみ。 
 翻訳:それに従いたいと思うけれど、方法がないだけだ――『論語』子罕

①はある所や範囲を通り抜けていく意味、②はあることから出てくる意味、③はあることが出てくる根拠・わけの意味で使われている。これを古典漢語ではdiog(yiog)(呉音でユ、漢音でイウ)という。これを代替する視覚記号しとして由が考案された。
由は『説文解字』にないから篆文がなく、それ以前の古代文字(甲骨文字、金文、籀文、古文)もない。しかし古典では頻用されており、由に従う字(油・抽・宙・軸・迪など)の篆文はあるから、由の字源を推察できないわけではない。ただ字形があまりにも単純なため解釈が難しく、諸説紛々である。卣説(王国維)、冑説(唐蘭)のほかに、「酒の糟を搾る籠」(加藤常賢)、「酒や汁を抜き出す口のついた器」(藤堂明保)などの説がある。
漢字の成り立ちを説明するのに象形・指事・会意・形声の用語を使うのが一般的だが、これにこだわると見えなくなることがある。漢字の作り方には象徴的符号ともいうべき造形法もある。これを導入することで見えてくる字もある。スウエーデンのカールグレン(中国語学者、中国古代学者)が「ある範囲から道が出ていく形」(Grammata Serica Recensa)と解釈したのが参考になる。しかし道という実体と見る必要はない。由はある区画(曰)から上方に縦線(│)が抜け出る様子を示した象徴的符号と解釈したい。この意匠によって「ある範囲を通り抜ける」「抜け出る」というイメージを表すことができる。
由のグループにはすべて「通り抜ける」というイメージがある。このコアイメージをもつ言葉がdiog(yiog)であり、由と表記される。「通り抜ける」というコアイメージから、具体的文脈では上の①の意味が実現される。経由の由はこの意味。『論語』にある「径に由らず」は「近道を通っていかない」という意味。これは空間的な動作のイメージだが、時間にも転用できる。ある時間を起点として、そこから経過して今に至ることが由来である。また、論理的なイメージにも転用できる。ある事柄が何から出てきたかいうその原因・根拠の意味(上の③)を派生する。これが理由の由である。