「誘」

白川静『常用字解』
「形声。音符は秀。玉篇に“相勧めて動かすなり”とあり、さそう、いざなう、みちびく”の意味とする」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説くのが特徴であるが、本項では秀から会意的に説明できず字源を放棄している。
誘は非常に語史が古く、古典に次の用例がある。
①原文:夫子循循然善誘人。
 訓読:夫子は循循然として善く人を誘(いざな)ふ。 
 翻訳:先生は順序よく人を導いてくれる――『論語』子罕
②原文:有女懷春 吉士誘之
 訓読:女有り春を懐(おも)ふ 吉士よ之を誘へ
 翻訳:春に目覚めた女がいる いい男よ 彼女をさそえ――『詩経』野有死麕

①は先に立って人を前の方へ導く意味、②は何かをするように勧めて仕向ける意味で使われている。これを古典漢語ではdiog(yoig) (呉音でユ、漢音でイウ)という。これを代替する視覚記号しとして誘が考案された。
誘は「秀(音・イメージ記号)+言(限定符号)」と解析する。秀については802「秀」で述べた。もう一度振り返る。
秀は「禾+乃」に分析する。乃は曲がって垂れ下がる様子を示す象徴的符号である。秀は「乃(イメージ記号)+禾(限定符号)」と解析できる。極めて舌足らず(情報不足)な図形であるが、「穂を出す」という意味を暗示させようとするための工夫と見れば、作物の穂が出て垂れ下がる状況を設定した図形と解釈できる。図形から意味を引き出すと「穂が垂れ下がる」になりかねないが、意味は上記の通りであるから、「穂が上に出る」に視点を置く。穂は本体から上に抜け出たものであるから、「抜け出る」というイメージがある。これを言葉としてはsiogという。「(上に、高く)抜け出る」というコアイメージから、抜きん出る(すぐれる)という意味に転じるのは容易に分かる(以上、802「秀」の項)。 
このように秀は「上に抜け出る」というイメージがある。これは垂直方向だが視点を水平方向に変えると「前に抜け出る」というイメージになる。言は言葉と関係があることを示す限定符号。したがって誘は言葉をかけて相手を前に抜け出るように仕向ける状況を暗示させる。この意匠によって上の①②の意味をもつdiog(yoig) を表記した。