「幼」

白川静『常用字解』
「象形。糸かせに木を通して拗じっている形。幼は拗(ねじる)のもとの字である。拗転する(ねじる)がもとの意味で、“おさない”の意味に用いるのはその音を借りる仮借の用法である」

[考察]
字形の解釈に疑問がある。幼は明らかに「幺+力」に分析できる。幼の全体が象形文字とは奇妙である。幼が「糸かせに木を通して拗じっている形」にはとうてい見えない。白川説では力を耒(すき)の形と見る。これでは「おさない」の意味が解釈できないので、こんな字形の解釈をするのであろう。その結果「おさない」の意味は仮借だという。何から何を借りるのかよく分からない。仮借説は解釈がつかないときの安易な逃げ口上である。
古典における幼の用例を見る。
①原文:幼而不孫弟。
 訓読:幼にして孫弟ならず。 
 翻訳:[この人は]小さい頃から従順でなかった――『論語』憲問
②原文:幼吾幼、以及人之幼。
 訓読:吾が幼を幼として、以て人の幼に及ぼす。 
 翻訳:自分の幼い子を幼いものとして扱ってかわいがり、他人の幼い子にも同じようにする――『孟子』梁恵王上

①は子どもがまだ小さくて未熟なさま(おさない)の意味、②はおさなごの意味で使われている。これを古典漢語では・iog(呉音・漢音でイウ)という。これを代替する視覚記号しとして幼が考案された。
幼は「幺ヨウ(音・イメージ記号)+力(限定符号)」と解析する。幺は糸の上部にも含まれ、蚕の原糸をより合わせた姿を描いた図形。その形態から「小さい」「細い」「わずか」「かすか」などのイメージを示す記号となる(幾や幽でもこのイメージが用いられている)。力は「ちから」と関係があることを示す限定符号。したがって幼は力がか細くて弱い状況を暗示させる。この図形的意匠によって上の①②の意味をもつ・iogを表記した。
「小さい」「細い」のイメージは「弱い」「しなやか」というイメージにも転化する。幼はこのイメージがコアにある。だからしなやかに物をねじ曲げることを拗という。拗は幼から派生する語である。