「抑」

白川静『常用字解』
「会意。手と卬こうとを組み合わせた形。卬は人が向かい合う形である。上下に向かい合うときは、一人が仰向けに寝て、一人がそれを抑える形で、下からいえば仰ぐ、上からいえば抑えるという関係になる。抑は上から手で“おさえる、おす”の意味となる」

[考察] 
字形の分析を誤っている。抑の右側は仰や迎の右側とは全く違う。『説文解字』では「𠨍は按なり。反印に従ふ」とある。本当は卬ではなく印の鏡文字「𠨍」なのである。鏡文字は反対の意味・イメージを作る造形法のテクニックだが、これとは少し違う。印が「しるし」「はんこ」の意味に使われるので、これとの差別化を図るため、鏡文字とし、「上から下におさえる」という動作をはっきりさせたものである。この鏡文字に手の動作と関係があることを示す限定符号の「手」を添えたのが抑である。
古典漢語で印は・ien、抑は・iəkで、同源の語である。これらに共通するのは「上から下に押さえつける」というコアイメージである。押さえつけて印をつけること、またその印やはんこを印インという。また、対象が動けないように押さえつけて止めることを抑という。抑は印のほかに、按・遏・圧・軋・押などとも非常に近い。
抑には「そもそも」という発語の助詞の使い方もある。これは非常に古い用法で次の用例がある。
 原文:抑此皇父
 訓読:抑も此の皇父
 翻訳:いったいこの皇父という人は――『詩経』小雅・十月之交
抑には日本語で「そもそも」の訓がついている。「そもそも」とは「①物事を説き起こしたり切り出したりするときに使う。いったい。②上をおさえて下を言い起こすのにいう。それとも。ただしまた」の意味(『岩波古語辞典』)。漢語の抑には「上から下に押さえつけて止める」というコアイメージがある。話題になっていることを一旦押さえ止めて、話を転換させる用法である。日本語の「そもそも」はぴったりの訳語である。
白川は抑の字形の解剖を誤り、また言葉という視座がないから、「抑も」の解釈ができず、「語詞としての抑は“或いは”、また意・噫・懿と声が近くて感動詞に用い、“抑ああ、此の皇父”のようにいう」(『字統』)と述べている。結局仮借説に逃げた。