「雷」

白川静『常用字解』
「象形。もとの字は靁に作り、音符は畾らい。金文の字形は𤳳に作り、稲妻が放射する形で、象形の字である。稲妻が放射する形の畾・𤳳を省略した田に、雲・雪など天体現象をあらわす字につける雨をつけて雷とし、“かみなり、いかずち”の意味となる」


[考察]
字形の解釈に疑問がある。田を四つ重ねた𤳳は稲妻が放射する形というが、そんな形には見えない。954「申」では「象形。稲妻(電光)の形。右と左に光が屈折している形を縦線の横に並べて申の形になった」とあり、申は確かに稲妻の形だが、𤳳がこれと同じとはとうてい見えない。
また、𤳳が稲妻が放射する形なら、「いなずま」の意味になりそうなものだが、なぜ「かみなり」の意味になるのか。これもよく分からない。目に見える「いなずま」と耳で聞く「かみなり」は関連はあるが別のものであろう。
字形から意味を引き出すのが白川漢字学説の方法である。しかし漢字は「意味→字形」の方向で作られたものであって、「字形→意味」の方向に漢字を見ると正しい意味が出てくるとは限らないのである。「意味→字形」の方向で漢字が発生したことは歴史的事実であり、この方向で漢字を見ることが論理的に正しい。
まず古典における雷の用例を見、意味を確かめる必要がある。
 原文:殷其雷 在南山之陽
 訓読:殷たる其の雷 南山の陽に在り
 翻訳:轟き渡るかみなりは 南山の南側に――『詩経』召南・殷其雷
雷は「かみなり」の意味で使われている。これを古典漢語ではluar(呉音・漢音でライ)という。これを代替する視覚記号しとして靁(後に雷)が考案された。
靁は「畾(音・イメージ記号)+雨(限定符号)」と解析する。畾は田(田んぼではない)を三つ重ねて、丸いものがたくさん重なることを示す象徴的符号である。これは視覚的イメージであるが、共感覚メタファーによって聴覚的なイメージにも転用できる。かみなりはごろごろという音声が断続的にまた連続的に耳に聞こえる。この現象を丸いものが次々に重なって転がるという視覚的イメージで捉えて畾の記号が用いられた。これに気象に関係があることを示す限定符号の雨を添えて、靁が生まれた。
語源的にluarという語は「重なる」というコアイメージをもち、累(重なる)や塁(土石を重ねて造った「とりで」)と同源である。