「落」

白川静『常用字解』
「形声。音符は洛。説文に“凡そ草には零と曰ひ、木には落と曰ふ”とあるが、零は雨や露が落ちることをいい、落は木の葉の落ちることをいう。各には上から降るの意味がある。木の葉に限らず、すべて“おちる、くだる、やむ”の意味に用いる」

[考察]
白川は各に「上から降る」の意味があるというが、各は上下に(垂直的に)くだることではなく、横に(水平的に)いたるという意味である。各に「上から降る」の意味があれば落の解釈は簡単だが、洛の説明がつかない。結局不十分な字源説で終わっている。
落は古典に次の用例がある。
 原文:桑之未落 其葉沃若
 訓読:桑の未だ落ちざる 其の葉沃若たり
 翻訳:クワの葉がまだ落ちないときは はちきれそうな若さだった――『詩経』衛風・氓
落は物体が上から下におちるという意味で、草木の葉に限定されない。おちることを古典漢語ではlak(呉音・漢音でラク)といい、それを代替する視覚記号しとして落が考案された。
落は「洛(音・イメージ記号)+艸(限定符号)」と解析する。洛は川の名を表す固有名詞で、「おちる」こととは関係なさそうに見えるが、命名の由来を尋ねるとそうでもないようである。洛は陝西省にある川で、渭水の支流である。宋の沈括(有名な科学者)によると、洛は落と同源の語で、水が上(山や高原)から下ってきて他水に入ることによる命名だという(『夢渓筆談』)。この説によると洛にも落にも「上から下る」という共通のイメージがあることになる。
各については1848「絡」でも述べたが再掲する。
各は甲骨文字や金文では「いたる」の意味で使われ、古典では格と書かれる。「いたる」とは歩いてやって来る足がある地点で止まることである。図示すると→|の形である。これは「(何かに)つかえて止まる」というイメージである。足がつかえてそれ以上は進めず、そこでストップする。この情景を図形に表現したのが各である。夂は下向きの足の形。降りるときの足(例えば降の右上)、坐るときの足(例えば処)などに使われる。口は「くち」を表す「口」とは違い、石に含まれる「口」や場所を示す「口」(韋や或など)と同じである。「夂」と「口」を合わせた「各」は、歩いてやって来る足が固いものにぶつかって、そこでストップする情景を設定した図形と言えよう。この意匠によって、「(ある地点に)いたる」の意味をもつ古典漢語klakという語を表記する。上代ではkl~という複声母があったと推定されている。これは各のグループのうち格・客などがk~の音、路・絡などがl~の音であることから推測された。各という語のコアイメージは→|の形、「(固いものに)つかえて止まる」というイメージである。イメージは転化する。→|は終点に焦点を置いたものだが、起点を予想すると、|→|のイメージに転化する。これは「起点と終点を結ぶ」「A点とB点をつなぐ」「AとBが連なる」というイメージである。また経過する点を予想すると、途中の点で止まり、また次の点に進んで止まるというイメージが生まれる。図示すると→|→|の形、あるいは▯-▯-▯・・・の形である。これは「A・B・C・・・と点々と連なる、並ぶ」というイメージである。以上のように各は「(固いものに)つかえて止まる」というイメージから、「AーBの形に連なる」、また「A・B・C・・・の形に並ぶ」というイメージに展開する。 (176「各」の項)
各は「→|の形に(横に、水平的に) いたる」というイメージから、「|→|の形、A→Bの形に二点間をつなぐ、連なる」というイメージ、また、「→|→|の形、▯-▯-▯・・・の形、A・B・CDの形に、点々と連なる、並ぶ」というイメージに転化する。これらは水平的なイメージだが、視点を垂直軸に換えると、「縦に、垂直的に、点々と連なる」というイメージになる。これから「上から下に点々と連なってくだる」というイメージが発生する。洛は水の領域に限定して、水が高い所からくだってきて他の川に合流する川という名づけとなった。一方、植物の領域に限定すると、草木の葉が上から下に点々とおちるという場面を想定して落が作られた。これは「上から物がおちる」ことを表すため、草木という具体的な情景を想定して図形的意匠が仕立てられたもので、「草木の葉がおちる」という意味を表すわけではない。抽象的な意味は具体的情景を設定することによってしか表現できないのである。