「良」

白川静『常用字解』
「象形。長い囊ふくろの上下に流し口をつけて、穀物などを入れ、その量をはかる器の形。高鴻縉の中国字例(一九六〇年刊)に風箱留実という器の形で、穀物に風を送ってもみ殻を取り去り、実だけを残す道具とする。風箱留実は穀物の良否をより分けて、よいものを選び出す道具であるから、“よい、まこと”の意味となる」

[考察]
「長い囊ふくろの上下に流し口をつけて、穀物などを入れ、その量をはかる器」というのは量器であろう。ところが一方では、「穀物に風を送ってもみ殻を取り去り、実だけを残す道具」としている。これは篩(ふるい)のような道具、あるいは脱穀の道具であろう。字解が矛盾している。どれが正しいのか。また良は甲骨文字にもあるとされている。「風箱留実」という道具は殷代に存在しただろうか。実証のしようがない。
また「よいものを選び出す道具」であるから「よい、まこと」の意味になったというが、この「よい、まこと」とはどういう意味か。吉、善、好、佳、嘉、宜や、誠、実、信、真などとどう違うのか、同じなのか、分からない。
古典における良の用例を見、意味を確かめるのが先決である。
①原文:良馬四之
 訓読:良馬は四つ
 翻訳:すばらしい馬が四頭――『詩経』鄘風・干旄
②原文:民之無良 相怨一方
 訓読:民の良きこと無き 一方を相怨む
 翻訳:性根の悪い人は 一方を逆恨みする――『詩経』小雅・角弓

①は物の質がよい意味、②は人格が優れている意味で使われている。これを古典漢語ではliang(呉音でラウ、漢音でリャウ)という。これを代替する視覚記号として良が考案された。
語源について『釈名』(漢代の語源辞典)では「良は量なり」としている。藤堂明保は糧・露・鷺と同源で「透明な」という基本義があるとする(『漢字語源辞典』)。また亮・涼・諒と同系で「けがれがない」という意味を含むという(『学研漢和大字典』)。これを参考にすると、liang(良)という語は「汚れがなくきれいに澄む」というイメージに概括できる。具体的文脈では、物の質が混じり気(けがれ・汚れ・醜悪さなど)がなく純一で優れているという意味を実現する。これが上の①②である。
次に字源について。良の字源は諸説紛々で定説はないが、粮(糧)の原字とする藤堂の説が妥当である。藤堂は「〇型の穀粒を水で洗い、きれいにしたさまを表す」と解釈している(『学研漢和大字典』)。良は⦿(曰)の上下に≈を縦にした形をつけた図形で、器に入れた穀粒を水で研いで汚れを洗い流している情景と解釈できる。この意匠によって「汚れがなくきれいに澄む」というイメージを表すことができる。良は穀粒をきれいにして食べるという日常の経験から発想された語であり、また図形化もこれによると考えられる。良・量・糧が同音であり、同じ記号(ともに良からの発展)であるのは偶然ではない。