「緑」
正字(旧字体)は「綠」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は彔。説文に“帛の青黄色なるものなり”とあり、青色と黄色の間の色、“みどり”の色をいう」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説くのが特徴であるが、本項では彔から会意的に説明できず、字源を放棄している。
綠は語史が古く、古典に次の用例がある。
①原文:綠兮衣兮 綠衣黃裏
 訓読:緑よ衣よ 緑衣黄裏
 翻訳:みどりの色よ その衣よ みどりの衣に黄色の裏地――『詩経』邶風・緑衣
②原文:終朝采綠 不盈一匊
 訓読:終朝緑を采れど 一匊に盈(み)たず
 翻訳:朝じゅうカリヤス摘めど 手のひら一杯に満たぬ――『詩経』小雅・采緑

①はみどり色の意味、②は植物の名で、カリヤスの意味で使われている。これを古典漢語ではliuk(呉音でロク、漢音でリョク)という。これを代替する視覚記号として綠が考案された。
綠は「彔ロク(音・イメージ記号)+糸(限定符号)」と解析する。彔については『説文解字』に「木を刻みて彔彔たり」とあり、草木の皮をはいで、くずがぼろぼろとこぼれ落ちる情景を写した図形である。剝(はぐ)に含まれている。彔は草木の表皮を剝ぐ作業から発想された図形である。この行為の前半に視点を置くと「表面を剝ぎ取る」というイメージ、後半に視点を置くと「点々と落ちる、垂れる」というイメージを表すことができる。糸はいとに関係があることを示す限定符号だが、色の名づけでは染色と関係があることを示す限定符号として使われる(紫・紅など)。したがって綠は原料の植物の皮を剝ぎ取って煮た後、汁を点々と滴らせて染料を造る情景を想定した図形である。「みどり」の色を採る原料はカリヤスと藍であった。カリヤスは黄色の染料を採るが、これに藍を混ぜると「みどり」の染料が採れる。だから綠の図形によって上記の「みどり」とカリヤスの意味を同時にもつliukを表記した。