「輪」

白川静『常用字解』
「形声。音符は侖りん。侖は輪のようにひとつながりになったものをいう。車のわを輪といい、“わ、くるま”の意味となる」

[考察]
侖が「輪のようにひとつながりになったもの」だというが、侖にそんな意味はない。『漢語大字典』では「倫理、次序」の意味としている。侖は筋、筋道、また、順序があって筋が通っているといった意味である。これは倫理の倫の意味でもある。
筋は|の形、線条のイメージである。||や▯▯の形に通っているのも筋である。〇(丸、円形)ではない。白川が「輪のようにひとつながりになったもの」というのは臆測であり、根拠がない。筋のイメージは後で根拠を示そう。
まず古典における輪の用例を見る。
①原文:坎坎伐輪兮 寘之河之漘兮
 訓読:坎坎として輪を伐り 之を河の漘シンに寘(お)く
 翻訳:カーンカーンと木を伐って車輪を作り 黄河の岸まで運び置く――『詩経』魏風・伐檀
②原文:匹馬隻輪無反者。
 訓読:匹馬隻輪反る者無し。 
 翻訳:[敗戦で]一匹の馬も一台の車も戻らなかった――『春秋公羊伝』僖公三十三年

①は車のわ(タイヤ)の意味、②は車の意味で使われている。これを古典漢語ではliuən(呉音・漢音でリン)という。これを代替する視覚記号として輪が考案された。
輪は「侖リン(音・イメージ記号)+車(限定符号)」と解析する。侖については1895「倫」で述べたので再掲する。
侖は「亼+冊」に分析できる。 亼は△の形に三つの方向から中心へ集まってくることを示す象徴的符号で、集と同音で、「集める」というイメージを表す記号となる。冊は文字を書いた札(竹簡や木簡)をひもでつないで並べる情景(655「冊」を見よ)。侖は書物を作る際、札を集めて整理する場面を想定した図形で、この意匠によって「順序よく並べる」というイメージを表す。このイメージは「(順序に従い)筋が通る」というイメージにも展開する。(以上、1895「倫」の項) 
竹簡や木簡を紐で綴った冊子は▯-▯-▯-▯の形を呈する。これは「▯▯の形に筋が通る」というイメージである。車輪の構造は中心の轂(こしき、ハブ)に輻(や、スポーク)が▯▯の形(正確に言えば斜め)に集中して並んでいる。だから「筋が通る」のイメージをもつ侖という記号を利用する。侖に限定符号の車を添えた輪によって、「わ」(タイヤ)を意味するliuənを表記するのである。