「令」

白川静『常用字解』
「象形。深い儀礼用の帽子を被り、跪いて神託を受ける人の形。神の神託として与えられるものを令といい、“神のおつげ、おつげ”の意味となり、天子など上位の人の“みことのり、いいつけ、いいつける”の意味となる。甲骨文字・金文では令を命の意味に用いており、令が命のもとの字である」

[考察] 
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。跪いて神託を受ける人の形(令)から「神の神託として与えられたもの」という意味が出たという。しかしこんな意味が令にあるだろうか。あり得ない。
また令と命は同字だというが、令はlieng、命はmiengの音であり、全く別語である。白川漢字学説には言葉という視座がなく、字形だけを見るので、令と命の区別が分からなくなる。
意味とは「言葉の意味」であって「字形の意味」ではない。意味は字形から出るのではなく、言葉の使われる文脈から出る。具体的な文脈における言葉の使い方が意味である。
令は古典で次のような文脈で使われている。
①原文:東方未晞 顚倒裳衣 倒之顚之 自公令之
 訓読:東方未だ晞(かわ)かず 裳衣を顚倒す 之を倒し之を顚す 公自(よ)り之を令す
 翻訳:東の露が乾かぬ頃 あわてて着る衣裳あべこべ 衣が下に裳が上に お上の急な指図のせいで――『詩経』斉風・東方未明
②原文:犯令者刑罰之。
 訓読:令を犯す者之を刑罰す。
 翻訳:おきてを犯す者は仕置きされる――『周礼』秋官・朝士
③原文:此令兄弟 綽綽有裕
 訓読:此の令(よ)き兄弟 綽綽として裕有り
 翻訳:仲の良い兄弟たちは 心がゆったりとゆとりあり――『詩経』小雅・角弓

①は指図する(言いつける、言いつけ、お達し)という意味、②はおきて、法の意味、③は清らかで美しいという意味で使われている。これを古典漢語ではlieng(呉音でリヤウ、漢音でレイ)という。これを代替する視覚記号として令が考案された。
令の語源を究明したのは藤堂明保である。藤堂は令および令のグループの一部(零・齢・領・嶺など)は粦のグループ(隣・憐・鱗など)や、麗・儷、歴・暦などと同源で「数珠つなぎ、○○○型」という基本義があるという(『漢字語源辞典』)。基本義とはコアイメージであり、これらの語群には「▯-▯-▯-▯の形に並ぶ」というコアイメージがあると言い換えてよい。これは順序よく並ぶというイメージでもある。命令(指図)にはA→B→C→Dというぐあいに順序よく伝わるというイメージがある。だから上位から下位に下される命令(指図、言いつけ、お告げ、お達し)をliengという語で呼ぶのである。ちなみに英語のorderはラテン語のordo(順序正しく一直線に並んだものの意)に由来し、「上司や上官など、一般に上の位にある者からの命令、指令、指示」の意味という。これは漢語の令の語源と似ている。
上記の①の意味をもつ古典漢語liengを表記するための図形が令である。令は「亼+卩」に分析できる。これは会意文字であって象形文字ではない。 亼は△の形に三方から中心に向けて集めることを示す象徴的符号。卩はひざまずく人の形。二つを合わせた令は、三方から人が中央に集まってきてひざまずく情景を暗示させる。これは君主が人々を集めて命令を伝える場面を想定したもの。雑然と集まるのではなく、順序よく並ぶことが前提にあるから、令の図形でもって「▯-▯-▯-▯の形に順序よく並ぶ」というイメージを表すことができる。
人たちが順序よく並んでお告げを聞く場面から発想された図形が令である。一方、「▯-▯-▯-▯の形に順序よく並ぶ」というイメージから別のイメージが発生する。形を崩さず整然と並ぶことは「形が美しく整っている」というイメージに結びつく。麗も「▯-▯の形に順序よく並ぶ」というイメージから、「形がきれいである、うるわしい」というイメージに転じた。令は「▯-▯-▯-▯の形に順序よく並ぶ」というイメージと、「美しく整っている」「澄んで清らかである」というイメーが同時に含まれる。後者のイメージから上記の②の意味が実現される。令のグループのうち零・齢・領・嶺は「
▯-▯-▯-▯の形に順序よく並ぶ」というイメージ、それ以外の冷・鈴・伶・玲などは「澄んで清らか」のイメージをもつ語群である。
白川は「令は神のお告げを受け、神意に従うことから、“よい、りっぱ”の意味となる」と述べているが、言葉の深層構造とは関係のない迂遠な意味展開の説明である。