「例」

白川静『常用字解』
「形声。音符は列。列は人の首を切り、切り取った頭骨を並べることをいう。並べて呪禁とすることを例という。もとは“たぐい、ためし” の意味であろうが、のち“しきたり、ならわし”の意味に用いる」

[考察]
例は「(切り取った頭骨を)並べて呪禁とする」という意味だというが、こんな意味が例にあるだろうか。また、こんな意味からなぜ「たぐい、ためし」の意味になるのか。疑問である。図形的解釈と意味を混同している。このことは白川漢字学説の全般的特徴である。また白川漢字学説には言葉という視点がなく字形だけから意味を導こうとする。そうすると恣意的な解釈に陥りがちである。
意味とは「言葉の意味」であって字形から出るものではない。言葉の使われる文脈から出るものである。古典における例の文脈を見る。
 原文:臣子一例也。
 訓読:臣子は一例なり。
 翻訳:[君や父の喪服に関しては]臣も子も同例である――『春秋公羊伝』僖公元年
例は同列に並ぶ同じような事柄の意味で使われている。これを古典漢語ではliad(呉音でレ、漢音でレイ)という。これを代替する視覚記号として例が考案された。
例は「列(音・イメージ記号)+人(限定符号)」と解析する。列の左側は歹(死・残などに含まれる)であるが、篆文を見ると「巛+歹」になっている。歹は関節の骨の下半部で、切り離された骨、あるいは崩れてばらばらになった骨である。巛は三本の筋を示す符号。ばらばらになった骨を拾い集めて並べる情景を想定した図形である。これに刀を添えたのが列で、「(切り分けて)幾筋かに並べる」「▯-▯の形に分けて並べる」というイメージを示す記号となる。このイメージは「同じようなものが同列に並ぶ」というイメージでもある。例はAと同じようなものがB-C-Dと並ぶ状況を暗示させる。この意匠によって、いくつか並んでいる同類の事柄を意味するliadを表記した。
例は事例や同例のように同類の事柄の意味から、同列に並ぶものの中から見本として取り出したものという意味を派生する。これが凡例の例。また、同じようなことが引き続いて行われ、いつもの習わしになるという意味を派生する。これが慣例・通例の例。
日本では例に「たとえる」という訓を与え、分かりにくいAを分からせるようにBを例として挙げるという使い方をする。これが「例えば」である。「同類の事柄から見本として挙げるなら」という意味。これは譬喩ではない。譬喩は「AをBになぞらえる」ということである。譬喩するという意味で「例える」を使うのは間違いで、その場合は「喩える」または「譬える」を使うべきである。