「鈴」

白川静『常用字解』
「形声。音符は令。令は深い儀礼用の帽子を被り、跪いて神託を受けている人の形。鈴は“すず”をいうが、鈴は神をよび降し、神を送るときに用いる楽器であったが、令は鈴の音を形容するものであろう」

[考察]
「深い儀礼用の帽子を被り、跪いて神託を受けている人」からなぜ「すず」の意味が出るのか。鈴は「神をよび降し、神を送るときに用いる楽器」なのか。疑わしいことである。一方、令は擬音語だという。擬音語とすると、字形から意味を導く前説は否定されることになる。安定しない字源説である。
まず古典における鈴の用例を見る。
 原文:和鈴央央
 訓読:和鈴央央たり
 翻訳:車のすずの音ちりんちりん――『詩経』周頌・載見
鈴は「すず」の意味で使われている。これは最古の用例。特に車につける鈴は和あるいは鸞と呼ばれる。音楽的なリズムを奏でるので、古代では車に取りつけることが多い。
鈴は「令(音・イメージ記号)+金(限定符号)」と解析する。令については1903「令」で述べたが、振り返る。 
令は「亼+卩」に分析できる。これは会意文字であって象形文字ではない。 亼は△の形に三方から中心に向けて集めることを示す象徴的符号。卩はひざまずく人の形。二つを合わせた令は、三方から人が中央に集まってきてひざまずく情景を暗示させる。これは君主が人々を集めて命令を伝える場面を想定したもの。雑然と集まるのではなく、順序よく並ぶことが前提にあるから、令の図形でもって「▯-▯-▯-▯の形に順序よく並ぶ」というイメージを表すことができる。人たちが順序よく並んでお告げを聞く場面から発想された図形が令である。一方、「▯-▯-▯-▯の形に順序よく並ぶ」というイメージから別のイメージが発生する。形を崩さず整然と並ぶことは「形が美しく整っている」というイメージに結びつく。麗も「▯-▯の形に順序よく並ぶ」というイメージから、「形がきれいである、うるわしい」というイメージに転じた。令は「▯-▯-▯-▯の形に順序よく並ぶ」というイメージと、「美しく整っている」「澄んで清らかである」というイメーが同時に含まれる。後者のイメージから上記の②の意味が実現される。令のグループのうち零・齢・領・嶺は「▯-▯-▯-▯の形に順序よく並ぶ」というイメージ、それ以外の冷・鈴・伶・玲などは「澄んで清らか」のイメージをもつ語群である。 (以上、1903「令」の項)
「澄んで清らか」は視覚的イメージであるが、触覚的イメージに転用されたのが冷(つめたい)である。また聴覚的イメージにも転用される。これが鈴の起源である。鈴は澄み切った音色を発する金属製の器具を暗示させる図形である。視覚・触覚・聴覚を互いに入れ換わるのは共感覚メタファーが働くからで、言語における普遍的な転義現象と言ってよいであろう。