「麗」

白川静『常用字解』
「象形。鹿の角の形。一双の鹿の角は美しいものであるから、“うるわしい、うつくしい、ならぶ、二つならぶ”の意味となる。字の上部の丽れいが麗のもとの字である」


[考察]
麗の全体を象形としながら、丽が麗のもとの字だという。そうすると麗は「丽+鹿」に分析でき、象形とは言えなくなる。矛盾した字源説である。
また「一双の鹿の角は美しいものであるから」、「うるわしい」の意味になるという。美しいのは鹿の角に限ったことではないだろう。意味展開の説明が皮相的である。「うるわしい」と「ならぶ」の意味が同列に並べられているが、この二つの意味の関係も分からない。これを理解するには、麗という語の深層構造に迫る必要がある。
まずは古典における麗の用例を見る。
①原文:麗馬一圉。
 訓読:麗馬圉を一にす。
 翻訳:二つの馬が一つの檻にいる――『周礼』夏官・校人
②原文:商之子孫 其麗不億
 訓読:商の子孫 其の麗(かず)億のみならず
 翻訳:殷の子孫の数は 一億にとどまらない――『詩経』大雅・文王
③原文:離麗也、日月麗乎天。
 訓読:離は麗なり。日月天に麗(つ)く。
 原文:離は麗と同じ意味だ。日と月は天にくっついている――『易経』離
④原文:魚麗于罶
 訓読:魚は罶リュウに麗(かか)る
 翻訳:魚はやなすにかかったよ――『詩経』小雅・魚麗
⑤原文:公姣且麗。
 訓読:公は姣にして且つ麗なり。
 翻訳:公子様はあでやかでハンサムだ――『呂氏春秋』達鬱

①は二つ並ぶ意味、②はかずの意味、③はくっつく意味、④はひっかかる意味、⑤は形が整って美しい意味で使われている。これを古典漢語ではler(呉音でライ、漢音でレイ)、またはliar(呉音・漢音でリ)という。これを代替する視覚記号として麗が考案された。
語源について王力(現代中国の言語学者)は麗・両・儷・離を同源としている(『同源字典』)。藤堂明保は麗を令のグループ(零・齢など)や、隣・暦・歴などと同源で、「数珠つなぎ」の基本義があるとしている(『漢字語源辞典』)。これらは「▯-▯の形に並ぶ」、あるいは「▯-▯-▯-▯の形に(数珠つなぎに)並ぶ」というコアイメージと言い換えてよい。これが麗という語の深層にあるイメージにほかならない。
次に字源を見る。麗は「丽(音・イメージ記号+鹿(限定符号)」と解析する。丽は二つが▯-▯の形に並ぶことを示す象徴的符号。あるいは具体的な物を想定したと考えれば、シカの角が▯-▯の形に並ぶ図形と見てもよい。鹿はシカと関係があることを示す限定符号。限定符号は意味領域を指示するほかに、図形的意匠を作るための場面設定の働きがある。シカと関係がある場面が設定され、シカの角が▯-▯の形に並ぶ情景、あるいはシカが群れをなし▯-▯-▯-▯の形に連なっている情景を暗示させる図形が麗である。この意匠によって、「▯-▯の形に並ぶ」、あるいは「▯-▯-▯-▯の形に(数珠つなぎに)並ぶ」というコアイメージを表すことができる。
具体的文脈では「▯-▯の形に並ぶ」というイメージから、「二つ並ぶ」「ペアをなす」という意味が実現される。これが上の①の意味。「▯-▯-▯-▯の形に(数珠つなぎに)並ぶ」というイメージから、▯-▯-▯-▯の形に順序よく並ぶ数の意味が実現される。これが上の②の意味。數(数)という語が登場する春秋戦国時代以前(西周、周代初期)は麗が「かず」を意味する語であった。
意味はコアイメージから実現され、コアイメージによって転義する。「▯-▯の形に並ぶ」というイメージは視点を変えれば「▯→←▯の形にくっつく」というイメージに転化する。これから上の③④の意味が実現される。
また「▯-▯-▯-▯の形に(数珠つなぎに)並ぶ」というイメージは「順序よく並ぶ」「形がきちんと整っている」というイメージに転化し、「形が整って美しい」という意味を派生する。これが上の⑤の意味である。「▯-▯-▯-▯の形に並ぶ」から「形が美しい」への転義は漢語のイメージ展開のパターンであり、令にも見られる。