「恋」
正字(旧字体)は「戀」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は䜌らん。古くは攣の字を使用したらしく、漢書の顔師古注に“攣、~又読んで戀と曰ふ”とあって、人に攣かれることを戀といい、“こころひかれる、こう、こいしい、こい”の意味に用いる」

[考察]
形声も会意として説くのが白川漢字学説の特徴であるが、本項では䜌の説明がない。1527「蛮」では「䜌は神への誓いのことばを入れた器に糸飾りをつけている形」で「蛮のもとの字」だと述べている。䜌と戀を結びつけるのが困難なので本項では字源を放棄したのであろう。だから攣によって戀を解釈しようとしたが、では攣はどんな字源なのか。『字統』では「䜌に彎曲の意がある。彎曲したものを手にかける意。ものにこだわることを攣拘という」とある。人にこだわる→人にひかれる→心ひかれるという意味になったというのであろうか。「神への誓いのことばを入れた器に糸飾りをつけている形」の䜌に「彎曲の意がある」というのも解せない。本項は明解な字源説とは言い難い。
戀は漢代以後に出現する字で、次の用例がある。
 原文:以綈袍戀戀、有故人之意、故釋公。
 訓読:綈袍テイホウ恋恋として故人の意有るを以て、故に公を釈(ゆる)す。
 翻訳:[あなたがくれた]どてらに思い引かれ、旧知の人を懐かしがる気持ちをくんで、あなたを許します――『史記』范雎列伝
戀は対象に思いが引かれて断ち切れない(思いこがれる)という意味で使われている。これを当時の漢語ではliuan(呉音・漢音でレン)という。これを代替する視覚記号として戀が考案された。
戀は「䜌ラン・レン(音・イメージ記号)+心(限定符号)」と解析する。䜌という記号を用いたのは、これを中心(基幹記号)とする語群が存在したからである。それは變・蠻・巒・攣・臠・欒・孿・孌・鑾・鸞などである。戀はこれらと同源のグループの一員として意識されて造語・造形されたのである。では䜌とは何か。これについては1527「蛮」、1649「変」で説明したので振り返る。
䜌(ランとレンの二音がある)については『説文解字』に「乱なり。一に曰く治なり。一に曰く絶えざるなり」とある。『漢語大字典』などでは乱れる、治める、連続して絶えずの三つの意味を記述している。䜌はこれらの意味を同時に含むと考えてよい。連続して絶えないものはきりやけじめがつかない状態であり、ずるずるともつれて乱れた状態である。この状態にきりやけじめをつけようとするのが治めることである。乱に「みだれる」と「おさめる」の二つの意味があるのと似ている。䜌は乱と同源の語で、「もつれて乱れる」というイメージを表す記号となりうる。字源を見てみよう。䜌は「絲(いと)+言」と解剖する。言は連続した音声を区切って意味をもたせるもの、すなわち「ことば」である。言には「はっきりと区切りをつける」というイメージがある(489「言」を見よ)。このイメージは「けじめをつける」というイメージにも展開する。絲(=糸)は連続したものである。連続した糸に区切りやけじめをつけようとするが、けじめがつかずずるずると続いて絶えない状態になることが䜌の図形的意匠である。『説文解字』に注釈をした段玉裁(清朝の言語学者)は「糸を治むるに紛し易く、糸また絶えざるなり」と説明している。䜌の図形的意匠から、「もつれて乱れる」と「ずるずると続いて絶えない」という二つのイメージが読み取れる。これらは恋・蛮・湾・巒・攣などのコアイメージとなっている。(以上、1649「変」の項)
䜌は「もつれて乱れる」「もつれてけじめがつかない」というイメージ。心は精神や心理に関わる限定符号。したがって戀は思いが途切れなく続いてもつれ乱れる状況を暗示させる。この意匠によって、上記の用例にある意味のliuanを表記した。
恋は男女の愛情に限らないが、男女の切ない思いを表す言葉は愛である。恋よりも愛が古く、愛は周代初期の『詩経』に登場する。