「練」
正字(旧字体)は「練」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は柬かん。柬は橐ふくろの中に物のある形で、物を加工することを表す。説文に“湅りたる繒きぬなり”とあり、“ねりぎぬ”の意味とする。玉篇に“煮て漚あらふなり”とあって、熱して糸を柔らかにするという“ねる”方法をいう」

[考察]
字形の解剖に疑問がある。柬を東(ふくろの形)の中に物がある形と見たらしいが、柬に東は含まれていない。『説文解字』などが解剖しているように束の中に八が含まれている形である。同書には「分別して之を簡(えら)ぶなり。束に従ひ、八に従ふ。八は分別するなり」とあり、この字源説が明解である。
白川は字形の解剖を誤り、柬を「物を加工する」の意味としたが、 柬にこんな意味はない。意味は「えらぶ」である。練は会意的に解釈するのは無理がある。形声的に解釈する必要がある。形声とは言葉の深層構造に掘り下げ、語源的に、コアイメージを捉えて、意味を説明する方法である。
まず練の古典における用例を見る。
①原文:凡染、春暴練。
 訓読:凡そ染は、春に練を暴(さら)す。
 翻訳:一般に染色は春にまず練ったものを日にさらして干す――『周礼』天官・染人
②原文:吾士不練、吾兵不實。
 訓読:吾が士練られざれば、吾が兵実ならず。
 翻訳:我が兵士が訓練しないと、我が軍は本物ではない――『管子』大匡

①は生糸を熟させて白く柔らかいものにすること、また、そうした絹(ねりぎぬ)の意味、②は生地に手を加えて段々と成熟させて、上質のものに仕上げる意味で使われている。これを古典漢語ではglān(推定。後にlen。呉音・漢音でレン)という。これを代替する視覚記号として練が考案された。
練は「柬カン(音・イメージ記号)+糸(限定符号)」と解析する。柬については1855「欄」で説明してある。柬は「束」の中に「八(左右に分ける符号)」を入れて、←→の形や↲↳の形に二つに分けることを示す図形。この意匠によって「良いものと悪いものを選り分ける」というイメージを表す記号となる。糸は「いと」と関係があることを示す限定符号。したがって練は糸を煮て不純物を選り分け、質の良いものに仕上げる状況を暗示させる。
「素材に手を加えて不純物を選り分けて除き、質の良いものに仕上げる」というのがglānの基本的な意味で、糸と関係があるなら練、金属と関係があるなら錬、火と関係があるなら煉と書くのである。日本ではこの行為を「ねる」という。「ねる」とは「糸・布・金属・土などを柔らかにし、ねばり強さを与える」ことという(『岩波古語辞典』)。練り製品や練り歯磨きのようなものも「ねる」という行為と関係がある。しかし古典漢語の練にはこのような柔らかくねちねちにするといった意味はない。漢語の練には「選り分けて質の良いものにする」というコアイメージが含まれているのである。