「老」

白川静『常用字解』
「会意。耂と匕とを組み合わせた形。耂は長髪の人を横から見た形で、長髪の垂れている形。匕は人を逆さまにした形で、横たわっている死者の形。この字の場合は死に近いという意味を示している。長髪の年老いた人を老といい、“おいる、おいぼれる、としより”の意味に用いる」

[考察]
字形の解剖にも意味の取り方にも疑問がある。匕を化の右側の匕と同じと見たようである。108「化」では「人と匕とも組み合わせた形。匕は人を逆さまにした形で、死者の形。化は人が死ぬことをいう」とある。匕が死者なら、老でも同じでないと矛盾する。なぜ「死に近いという意味」といえるのか、これが疑問。死に近い意味なら老は死にかけた人の意味になりそうなものだが、なぜ「長髪の年老いた人」の意味になるのか、これも疑問。第一、老にこんな意味があるだろうか。
古典における老の用例を見る。
①原文:及爾偕老 老使我怨
 訓読:爾と偕(とも)に老いん 老いて我をして怨ましむ
 翻訳:共白髪までと誓ったのに 老いた私に怨みが残る――『詩経』衛風・氓
②原文:召彼故老 訊之占夢
 訓読:彼の故老を召し 之に占夢を訊(と)ふ
 翻訳:訳知りの長老を呼んで 見た夢の判断を問う――『詩経』小雅・正月

①は年を取る(おいる)の意味、②は年寄り、年長者の意味で使われている。これを古典漢語ではlog(呉音・漢音でラウ)という。これを代替する視覚記号として老が考案された。
語源について藤堂明保は、老は牢や留のグループ(瘤・溜など)と同源で、「固く囲む、丸く固まる」という基本義があるという(『漢字語源辞典』)。「固くてスムーズに動かない」というコアイメージと言い換えてよいだろう。骨組みが固くなって動きが悪くなるまで年を取ること、またその人をlogというのである。
字源については象形文字とするのが近年の通説である。老の甲骨文字から、髪が長く腰の曲がった人が杖をついている姿と解釈できる。この図形的意匠によって、上記の①②の意味をもつlogを表記した。