「六」

白川静『常用字解』
「仮借。小さなテントのような形の建物の形で、六を重ねた形が坴。この幕舎の意味に用いられることはなく、その音を借りて数の六、“むつ”の意味に用いる」

[考察]
1864「陸」では「坴は六を重ねた形で、六は金文の字形からみるとと、小さなテントのような形の建物の形である。陸は神を迎える幕舎のあるところである」とある。陸にこんな意味はない。だから六を「小さなテントのような形の建物」と見るのもおかしい。だいたい六は白川も言うように幕舎の意味ではない。甲骨文字の最初から数詞に使われている。しかしなぜ数詞なのかの説明がつかず白川は仮借説に逃げた。仮借説は字形と意味の関係を説明できないときに採用される便法である。
六の字源は諸説紛々で定説はない。『説文解字』では「入+八」と見ている。ほかに入と同字とする説、廬の形、覆いをした穴の形、建物の形などの説がある。漢数字を数の数え方に由来するとする説を唱えた張秉権の説は参考になる。彼によると、数を数える際、親指と小指を伸ばし、他の三指を折り曲げた形が六だという。六を逆さにするとこの形に見える。
これらはあくまで字形の話である。言葉が先にあって字形はその後にくるものである。なぜ数詞の「むっつ」を古典漢語ではliokというのか。これは語源の話である。まず語源をはっきりさせないと字源も説明できないだろう。
陸の中に六が含まれていることに着目すべきである。陸は六→圥→坴→陸と発展したもので、六が原形である。六と陸は全く同音である。これについてはすでに1864「陸」でも述べたのでこれを援用しよう。
六がコアイメージの源泉である。六は∩の形に盛り上がった状態を示す象徴的符号である。これは漢数字(漢数詞)の六である。∩の形に盛り上がったものに丘がある。握りこぶしもある。数を数えるとき、握りこぶしを作り、指を一本突き出した形を丘に見立てて、5(いつつ)の次の数の6(むっつ)を六で表す。そのほかにキノコもある。これを表す図形が「六(音・イメージ記号)+屮(草の類を示す限定符号)」を合わせた圥ロクである。「圥(音・イメージ記号)+土(限定符号)」を合わせると坴となる。これは∩の形に土が盛り上がったもの、すなわち丘である。「坴(音・イメージ記号)+阜(限定符号)」を合わせたのが陸。阜は盛り土、段々、丘、山など土が積み重なってできたものと関係があることを示す限定符号。したがって陸は∩の形に土が盛り上がって続く大地、つまり陸地のことである。(1864「陸」の項)
このようにliok(六・陸)という語は「∩の形に盛り上がる」というイメージがある。具体物を求めると丘や握りこぶしがこの形である。六の命名はこれと関係がある。
数の命名法には三つある。一つは数の性質によるもの。一・二・三・四・七・八・九はこれによって名づけられた。五と六だけが異なる原理による。片手の指を使って数える際、指を次々に折り曲げていく。←の形に数えていくと「いつつ」で終わり、次は→の形にもどっていく。ちょうど交点に当たる数をngag(五)と名づけた。ngagは「×や⇄の形に交差する」というコアイメージがある。「いつつ」を数え終わると握りこぶしの形になるが、次に移ると一本の指が上に突き出た形になる。これを丘に見立てる。丘は「∩の形に盛り上がる」というイメージがある。数の「むっつ」は五つの上に一つだけ盛り上がった形である。だから「むっつ」を古典漢語では丘を意味することば(陸)と同音でliokという。またこれを表記する図形も、土を∩の形に盛り上げた形の六が選ばれた。
ついでに述べると、数の命名の三つ目は単位語の場合である。漢数詞は十進法で10倍ごとに単位名を必要とする。最初の単位名は十、次に百、千、万、億・・・と続く。十は基数(一から九まで)を締めくくりまとめる単位である。だから「そろえてまとめる」「締めくくる」というイメージからdhiəpといい、「十」と書かれる。次の百・千・萬以後の単位名は象徴的に多数というイメージで名づけ、図形化される(詳しくは819「十」、1558「百」、1069「千」、1740「万」、100「億」を見よ)。