「録」
正字(旧字体)は「錄」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は彔ろく。彔は錐のような道具で木に穴をあけ、木屑が飛び散る形。青銅などの金属に刻みつけることを録といい、“ほりつける、しるす”の意味となる」

[考察]
1892「緑」では彔について述べていない。本項では「錐のような道具で木に穴をあけ、木屑が飛び散る形」という。これから「青銅などの金属に刻みつける」という意味が出たとしている。この意味展開に必然性があるのだろうか。こんな意味が録にあるだろうか。「金属に刻みつける」とはどういうことか。要するに文字を刻む、文字を彫り込むということではないか。そうすると録の意味は「青銅などの金属に刻みつける」ではなく「文字をほりつける」ということであろう。「青銅などの金属に刻みつける」は字形の解釈であって意味ではあるまい。図形的解釈と意味を混同するのは白川漢字学説の全般的特徴である。
意味とは「言葉の意味」であって字形から出るものではなく、言葉の使われる文脈から出るものである。具体的な文脈における言葉の使い方が意味である。古典における録の使われた文脈を見るのが先決でらる。
①原文:不錄功於盤盂。
 訓読:功を盤盂に録せず。
 翻訳:[平和な時代には]戦功を器に刻むこともない――『韓非子』大体
②原文:春秋錄内而略外。
 訓読:春秋は内を録して外を略す。 
 翻訳:春秋[五経の一つ]は内部のことは書き記すが、外部は省略する――『春秋公羊伝』隠公十年

①は金石に文字を刻みつける意味、②は文書に書き記す意味で使われている。これを古典漢語ではliuk(呉音でロク、漢音でリョク)という。これを代替する視覚記号として錄が考案された。
錄は「彔ロク(音・イメージ記号)+金(限定符号)」と解析する。彔については1892「緑」で述べたので再掲する。
彔については『説文解字』に「木を刻みて彔彔たり」とあり、草木の皮をはいで、くずがぼろぼろとこぼれ落ちる情景を写した図形である。剝(はぐ)に含まれている。彔は草木の表皮を剝ぐ作業から発想された図形である。この行為の前半に視点を置くと「表面を剝ぎ取る」というイメージ、後半に視点を置くと「点々と落ちる、垂れる」というイメージを表すことができる。(以上、1892「緑」の項)
以上のように彔は「表面を剝ぎ取る」というイメージと、「点々と落ちる、垂れる」というイメージを表す記号である。後者は「点々と連なる」というイメージにも展開する。金は金属と関係があることを示す限定符号。したがって錄は金属(金属製のもの)の表面をはいで文字を刻み、次々に連ねていく情景を暗示させる。この図形的意匠によって、上の①の意味をもつliukを表記した。②はその意味からの転義である。