「論」

白川静『常用字解』
「形声。音符は侖りん。侖は順序を追って連なるものをいう。説文に“議るなり”とあって、議論することをいう。“いいあらそう、はかる、とく”の意味に用いる」

[考察]
1895「倫」では「侖は輪のようにひとつながりになったものをいう」とある。本項では「順序を追って連なるものをいう」とある。この二つはどういう関係か。なぜ侖にそのような意味があるのかの説明がない。輪(わ)に侖が含まれているから「輪のようにひとつながりになったもの」という解釈が出てきたのであろうが、「順序を追って連なるもの」というのははっきりしない。だいたい侖にそんな意味があるのか。
また論を「言い争う」の意味だというが、論は口げんかの意味があるはずはない。論争の争に引きずられた解釈である。「順序を追って連なるもの」からなぜ「言い争う」の意味になるかも分からない。
古典における論の用例を見る。
①原文:世叔討論之。
 訓読:世叔之を討論す。
 翻訳:世叔[人名]がこれ[外交文書]を隅々まで調べ論じた――『論語』憲問
②原文:於論鼓鐘 於樂辟廱
 訓読:於(ああ)論(ととの)へり鼓鐘 於(ああ)楽しかり辟廱ヘキヨウ
 翻訳:おお太鼓と鐘はととのった おお離宮の楽しさよ――『詩経』大雅・霊台

①は筋道をたててきちんと述べる意味、②はきちんと整っている意味で使われている。これを古典漢語ではluən(呉音・漢音でロン)という。これを代替する視覚記号として論が考案された。
論は「侖リン(音・イメージ記号)+言(限定符号)」と解析する。侖については1895「倫」で述べたのでもう一度振り返る。
侖は「亼+冊」に分析できる。 亼は△の形に三つの方向から中心へ集まってくることを示す象徴的符号で、集と同音で、「集める」というイメージを表す記号となる。冊は文字を書いた札(竹簡や木簡)をひもでつないで並べる情景(655「冊」を見よ)。侖は書物を作る際、札を集めて整理する場面を想定した図形で、この意匠によって「順序よく並べる」というイメージを表す。このイメージは「(順序に従い)筋が通る」というイメージにも展開する。(以上、1895「倫」の項)
侖は「筋が通るように順序よく並べる」というイメージがある。言は言葉(言語行為)に関係があることを示す限定符号。したがって論は言葉を順序よく並べて筋を通して述べる状況を暗示させる。この意匠によって上の①の意味をもつluənを表記した。
論には「筋を通して順序よく並べる」というイメージがあるが、これの更なる根底には「筋が通ってきちんと整う」というイメージがある。これが上の②の意味である。文献としては②の『詩経』が古い。コアイメージが先に具体的意味として実現されたと考えればよい。luənとう言葉が先にあり、文字は後にできたから、文献に現れる順序が違うこともある。