「以」

白川静『常用字解』
「象形。耜(すき)の形。( 㠯は)字形としては已となるとき、以となるとき、厶シとなるときがある。古い時代(殷・周代)の已の用法では、‘以て’のときには祝詞を入れる器であるᄇをつけて、台イの字形を使う。台は厶(すき)にᄇを加えて、虫害などを祓ってからそのすきを使用するの意味である。のちにᄇを省略して、以の形となった」

[考察]
非常に分かりにくい説明だが、字形は㠯→台→以となり、意味はすき→虫害などを祓ってすきを使用する→もってと転じたというのであろう。
上の字源説では已・以・厶・台が同字とされる。もともとすきの形から出発しているのであれば、すき→用いる→もってと説明するほうが分かりやすい。「虫害などを祓ってからそのすきを使用する」の意味を導くのが回りくどい。だいたいそんな意味が台にあるはずもない。

以は「厶+人」からできている。これは楷書の段階で作られた字体で、篆書の段階では㠯イであった。これは台(胎・始などに含まれる台タイ・イであって、臺の略字の台ダイではない)では厶の形になる。だから㠯と厶は同字で、「厶+人」を組み合わせたのが以である。
 㠯(厶)が以の基幹記号である。基幹記号とは語の深層構造にあるイメージ、すなわちコアイメージを表す記号である。音・イメージ記号とも呼ぶ。では㠯のコアイメージとは何か。㠯を耜(すき)の形としたのは中国の文字学者徐中舒であり、これが通説になっている。すきという実体にこだわると、上のような「虫害を祓ってすきを使用する」といった解釈も生まれるが、すきの機能に着目すべきである。漢字を見る眼は実体よりも機能に重点を置く必要がある。すきは農作業の道具である。土を掘り返す働きがある。ここに自然と人間との関わりがあり、「自然に手を加える、人工を施す」というイメージが捉えられる。「道具を用いる」ということが取りも直さず「人工を加える」というイメージを形成するのである。したがってすきを描いた㠯の図形でもって「道具を用いる」「人工を加える」というイメージを表すことが可能になる。
「道具を用いる」というコアイメージをもつ古典漢語がdiəg(推定)で、具体的文脈では「(何かを)用いる」という意味で使われた。この聴覚記号を視覚記号に換えたのが㠯(以)である。次のような用例がある。
 原文:夏后氏以松、殷人以柏、周人以栗。
 訓読:夏后氏は松を以ゐ、殷人は柏を以ゐ、周は栗を以う。
 翻訳:[社のかたしろとして]夏の人は松を用い、殷の人は柏(コノテガシワ)を用い、周の人は栗を用いた――『論語』八佾

『論語』よりも古い『詩経』などでは「もって」の意味で使われている。何かを用いる→何かでもってと転じた用法である。転義が古い文献に現れているからといって、これが最初の意味とは限らない。論理的に意味の展開を考えれば「用いる」が最初の意味と考えてよい。
先秦の文献で以が使われているが、上述のように以が出現するのはかなり後である。最初の文献では 㠯であったはずで、現在のテキストに編集される際に以に改められたと考えられる。
以は「厶イ(=㠯。音・イメージ記号)+人(限定符号)」と解析する。㠯だけで道具を用いる→用いる→何かでもってという意味が成り立つが、人の限定符号を加えた理由は「道具を用いる」の主体が人間だからであろう。しかし意味素の中に人は必ずしも含まれない。