「胃」

白川静『常用字解』
「会意。田と月とを組み合わせた形。上部は胃の象形。下部は人体の五臓であるから月(肉)をつける。‘い、いぶくろ’ の意味に用いる」

[考察]
白川漢字学説では字の形を解釈して意味を引き出すのが特徴である。だから言葉が全く見えない。意味は言葉にあるのであって、形にはない。上の漢字の説明は逆立ちしている。

歴史的、論理的に胃を説明するとどうなるか。まず言葉の説明から始めるべきである。
古典漢語では五臓の一つである「い」をɦiuərといった。この聴覚記号を「胃」という視覚記号で表記した。ɦiuərはどんなイメージをもつ言葉か。これは語源の問題である。古人は「胃は囲なり」という語源意識を持っていた。囲は「(まわりを)丸く取り囲む」というコアイメージをもつ語である。だから「い」もこのコアイメージによって名づけられ、囲と同音でɦiuərと発音されたのである。
以上は語源の話であるが、次になぜɦiuərが「胃」と表記されたのか。ここから字源の話になる。
「い」は食べ物を入れて消化をする器官である。「い」が袋状をなしていることは動物解剖などによって知られていた。食べ物の詰まった袋を図形化して、囗(角が丸みを帯びた囲いの符号)の中に※の印を入れた形にする。これによって食べ物を入れた胃袋を暗示させる。だがこの形は独立した字にはならなかった。独立した字にするにはもう一つ工夫が必要だった。それは「い」という器官がどんな意味領域に属しているかを示す記号を考慮するのである。この記号が肉である。肉は肉体、人体に関わりがあることを示す限定符号になる。限定符号は語のイメージとは関係がないが、その語がいかなる意味と関連があるかを示す指標になる。かくて、囗(角が丸みを帯びた囲いの符号)の中に※の印を入れた形をイメージ記号として、肉という限定符号を添えた胃の図形が成立した。囗(角が丸みを帯びた囲いの符号)の中に※の印を入れた形だけではɦiuərの表記にはなれなかったが、限定符号を添えることでɦiuərを表記する独立字となれた。

以上をまとめると、古典漢語で「い」という器官(臓器の一つ)をɦiuərと名づけたが、この聴覚記号を視覚記号に変換するために、その語のコアにある「(まわりを)丸く取り巻く」というイメージを囗(角が丸みを帯びた囲いの符号)の中に※の印を入れた形で暗示させ、肉の限定符号を添えた胃の図形が考案された。このように説明するのが歴史的であり、論理的である。胃という図形を解釈してストレートに「いぶくろ」を意味するという説明は方向が逆(非歴史的、非論理的)であると言わねばならない。