「偉」

白川静『常用字解』
「形声。音符は韋。韋の音のうちに、‘すぐれた、よい’ という意味があるらしく、韙・韡には‘美しい、さかんな、よい’という意味がふくまれている。韋には皮革の意味の系統のものがあるが、偉・韙・韡はその系統の字であろうと思われる。偉は人についていう語であるが、偉才・偉人・偉大・偉容のように、‘すぐれる、えらい’の意味に用いる」

[考察]
「韋の音のうちに‘すぐれた、よい’ という意味があるらしい」というが、白川漢字学説では音の定義がなく、漢字の読み方としか見ていない。韋の読み方はイで、この読み方になぜ「すぐれた、よい」の意味があるというのか理解に苦しむ。意味は形にあるというのが白川漢字学説の考えだから、これと矛盾している。もし意味は言葉にあり、音は言葉そのもであって、イは「すぐれた、よい」の意味があると言うならば、話は分かる。しかしなぜイにそんなそんな意味があるのかとなると、結局分からない。
出発点が間違っているのである。文字から出発するのではなく、言葉から出発しないと、漢字の完璧な説明はできない。偉は古典漢語ɦiuərを表記する文字である。ɦiuər(偉)という語は古典でどう使われているかを見るのが先である。
 原文:偉哉夫造物者。
 訓読:偉なる哉、夫(か)の造物者は。
 翻訳:立派だなあ、あの万物の創造者はーー『荘子』大宗師

この文脈では、一般に「立派である、すぐれている」という意味であるが、もともとは容貌や体格が立派であるという意味である。『説文解字』では「傀は偉なり」とあり、王力(現代中国の言語学者)は偉と傀を同源としている(『同源字典』)。また南唐の徐鍇は「偉は人材傀偉なり(容貌が立派である)」(『説文繫伝』)と述べている。このように容貌魁偉の偉が最初の使い方であった。偉丈夫という場合の偉もまさにこれである。容貌や体格が立派である意味から、「すぐれている、えらい」という抽象的に意味に転じる。

ではなぜ「容貌や体格が立派である」という意味のɦiuərを偉で表記するのか。ここから初めて字源の問題になる。韋という記号を検討する必要がある。韋は圍(=囲)、衛、緯、違などの構成要素になっている。韋は口(四角い形だが、丸い形でも構わない)の上に左向きの足、下に右向きの足を配置した図形で、左の方向に向かう足が半周して右向きに変わっている。この図形によって、物の回りをぐるりと回る(一周する)様子を暗示させる。韋は「回りを丸く取り囲む」というイメージのほかに、「丸い、円形」というイメージも表すことができる。
ɦiuərの表記に利用されるのは「丸い、円形」のイメージである。古典漢語における形のもつイメージは、三角形(△)は「とがる」「かど」のイメージ、四角形(囗)は「四角い」「きちんと区切る」というイメージだが、円形(〇)は「未分化(のっぺらぼう)」のイメージのほかに、「大きく目立つ」のイメージがある。大きくて丸い形をした土のかたまりを塊というが、「鬼」も「大きくて丸い」というイメージがある。「傀は偉なり」という語源説は古人の形に対する言語意識が反映している。
韋は鬼と同様に「丸く大きくて目立つ」というイメージを表しうることが分かった。容貌や体格の立派な人に対して、丸く大きくて目立つというイメージでその風貌を捉えるのは理に叶っている。かくて「韋(音・イメージ記号)+人(限定符号)」を合わせた偉が造形された。