「違」

白川静『常用字解』
「形声。音符は韋。韋は囗(都市をとりかこむ城壁)の上下に止(足あとの形)が左にめぐり、右にめぐる形で、違(めぐ)るの意味となる。また囗の上下の進む方向が異なるので、違(たが)う、違(ちが)うの意味となる。韋に辵(行くの意味がある)をそえた違は‘めぐる、たがう、ちがう、ことなる、そむく’の意味に用いる」

[考察]
白川漢字学説は形から意味を求める方法である。形声の説明原理を持たず、すべて会意的に説くのが特徴である。本項も会意的に説いている。したがって「会意」と規定しないと一貫性を欠く。
韋の解字に問題はないが、違(めぐ)るの意味があるというのがおかしい。ここから違も「めぐる」の意味とされるが、これもおかしい。辞典に韋と違に「回」の訓もあるが(『漢語大字典』)、これらはイではなく、カイの音の場合である。しかも「めぐる」の意味に用いた文脈がない。

古典で違はどのように使われているのかを調べる必要がある。
①原文:何斯違斯 莫敢或遑
 訓読:何ぞ斯(こ)れ違(さ)るや 敢へて遑或(あ)ること莫し
 翻訳:なぜあなたは離れていったの なにをするいとまもなくて――『詩経』召南・殷其雷
②原文:德音莫違 及爾同死
 訓読:徳音違(たが)ふこと莫くんば 爾と死を同じくせん
 翻訳:優しいお言葉が変わらねば あなたと共白髪までと思ったのに――『詩経』風・谷風

①では日本語の「さる」、②では「たがう」に当たる。二つの意味は無関係のように見える。しかし古典漢語ではともにɦiuərの一語である。二つの意味はどんな関係があるのか。
この聴覚記号を視覚記号に換えたのが違である。韋が語の深層構造に関わる根幹の記号である。これはどんなイメージを提供する記号か。
韋を分析すると、口(四角形と見ても円形と見てもよい)の上に左向きの足の形、下に右向きの足の形を配置した図形である。これで何を表現したいのか。円形の回りに←の方向の足と→の方向の足が配置されている姿は静止画像だが、想像によって動かしてみる。すると足はぐるりと回って円を一周する。だから「回りを回る」「回りを取り巻く」というイメージを韋で表現できる仕掛けである。円を一周する場合、足は←の方向に進んでいくが、途中で→の方向に転じないと元に戻れない。ここに←の向きが→の向きになる、⇄(逆方向、互い違い)の形になるというイメージも生まれる。韋はこの二つのイメージを同時に表すことのできる記号なのである。

ただし古典漢語のɦiuərの深層構造では韋の後者のイメージだけが利用される。⇄(逆方向、互い違い)の形になるというイメージである。かくて「韋(音・イメージ記号)+辵(限定符号)」を合わせた違でもってɦiuərを表記する。違の図形的意匠は→の方向に来たものが←の方向にその場を離れる(立ち去る)というもの、またもう一つは、→の方向の事態に逆らって←の方向に行動するするというもの、この二つの状況を暗示させる。前者が用例の①の「その場から離れていく」の意味、後者が②の「ある事態と逆になる、たがう、そむく」という意味である。