「慰」

白川静『常用字解』
「形声。音符は尉。尉は手に火のしを持って布にこてをあてる形である。火のしして布が平らに、伸びやかになるように、心が伸びやかな状態になることを慰といい、‘なぐさめる、なぐさむ、いやす’ の意味に用いる」

[考察]
形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。 火のしをして布が平らに伸びやかになる→心が伸びやかになると意味を導く。しかし慰にそんな意味があるだろうか。

古典で慰がどのように使われているかを見てみよう。 文脈における語の使われ方が意味である。
 原文:有子七人 莫慰母心
 訓読:子七人有り 母の心を慰むる莫し
 翻訳:子が七人いるけれど 母の心をいたわらず――『詩経』風・凱風

古典の注釈では「尉は慰と同じ。安なり」とか「撫して之を安んずるを慰と曰ふ」などとある。尉はその項でも述べたように(21「尉」を見よ)、「押さえつける」というコアイメージがある。武力で押さえつける官名(軍事や警察の官)が尉と名づけられた。安にも「押さえて落ち着ける」というイメージがある。日本語の「やすらか」は、「平穏無事、気楽なさま」の語感だが、上から下に押さえて動きを止めて落ち着くというのが漢語の語感である。

白川は尉がこてを当てて布が平らに伸びやかになるように、慰は心が伸びやかな状態だというが、「伸びやか」は「いじけた所がなく、いかにものびのびとした感じのするさま」で、漢語の尉の語感である「(力で)押さえつける」という語感とは程遠い。要するに慰は「心が伸びやかな状態になる」という意味ではないといってよい。

では慰を「なぐさめる」と訓じるのはどうか。「なぐさむ」は「心の波立ちを静め、穏やかにする意」から「気を紛らわす」「気持ちをやわらげる・なだめる」などの意味に展開するという(日本語の引用はいずれも『岩波古語辞典』)。
古典漢語の・iuədは「相手や自分の気持ちをなだめて落ち着かせる」という意味である。これを「尉(音・イメージ記号)+心(限定符号)」を合わせた慰で表記する。「(力で)押さえつける」というコアイメージが具体的文脈ではこのような意味の心理動詞として実現される。日本語の「なだめる」と「なぐさめる」を合わせたような語感に近い。「伸びやかになる」という語感ではない。