「逸」
正字(旧字体)は「逸」である。

白川静『常用字解』
「会意。兔と辵(歩いて行く、走るの意味がある)とを組み合わせた形。兔が飛び跳ねながら走ってのがれることから、‘のがれる、かくれる、はやい’ の意味となる。また、人なみよりすぐれたものをいい、‘すぐれる、ぬきんでる’ の意味に用い、佚と通じて‘たのしむ’の意味にも用いる」

[考察]
形から意味を引き出すのが白川漢字学説の特徴である。Aの字とBの字を合わせて、AとBを合わせた意味が出てくるというもの(これを「会意」という)。だから兔(ウサギ)と辵(走る)を合わせて、兎が跳びはねて走ってのがれる→のがれる・かくれる・はやいという意味に展開させる。しかし「飛び跳ねる」も「のがれる」も字形には含まれていない。「兎が走る」だけしか読み取れない。後は想像で補って初めて「のがれる」が出てくる。だから字形から意味を引き出すのには限界がある。
ではどうして意味が分かるのか。それは古典の文脈でどのように使われているかを調べればよい。意味は具体的文脈における使い方であって、字形に含まれているわけではない。 字形の解釈と意味は同じではない。白川漢字学説では字形的解釈と意味を混同している。

逸は古典で次のように使われている。
 原文:隨侯逸。
 訓読:随侯逸す。
 翻訳:随の殿様はさっと逃げ去った――『春秋左氏伝』桓公八年

ある場所からさっと抜け去るという意味である。『説文解字』に「逸は失なり」とあり、古人は逸と失・佚が同源という意識があった。王力(現代中国の言語学者)も逸と佚を同源としている(『同源字典』)。失は「(手から)抜け落ちる」、佚は「(ある枠から)抜け出る」という意味で、いずれも「するりと抜ける」というコアイメージがある。したがって逸も「(ある枠や範囲・場所から)抜け出る」というのがコアイメージである。具体的文脈では「ある場所からさっと抜け去る」という意味が実現される。これを古典漢語でyietといい、逸の視覚記号で表記された。
逸の図形的意匠は分かりやすい。兔(ウサギ)が利用された。ただしウサギという実体に重点があるのではなく、生態的特徴に重点がある。ウサギは逃げ足の速い小動物である。この特徴だけを用いて、「兔(イメージ記号)+辵(限定符号)」を合わせた逸が考案された。ウサギがさっと逃げ去る情景が図形的意匠だが、そんな意味を表すのではなく、yietを代替する視覚記号とするものである。意味は図形にあるのではなく、yietという語の文脈における使い方にある。

白川は二番目の意味を「人なみよりすぐれる」、次に「たのしむ」の意味とするが、「のがれる」と「すぐれる」「たのしむ」の間に共通点が見えない。白川は転義を捉える方法を持っていないようである。転義は比喩(隠喩・換喩など)によることが多い。特にコアイメージによる転義は漢語意味論の著しい特徴である。
逸のコアイメージは「(ある枠や場所・範囲などから)抜け出る」である。ある場所から抜け出るという意味(後逸・散逸の逸)が基本となり、次々に転義する。枠から抜け出る意味(逸脱の逸)、脇にそれて逃げ去る意味(逸機の逸)、世の中から抜け出て姿を消す意味(逸話・隠逸の逸)、ルールから外れて気ままにする意味(放逸の逸)、ストレスが抜け出て楽しむ意味(安逸の逸)、他人より頭一つ抜け出る意味(秀逸の逸)、というぐあいに意味が展開する。
漢字語源論へのコアイメージの導入は漢字の成り立ちを解明するだけでなく、意味の展開をうまく説明することができる。