「姻」

白川静『常用字解』
「形声。音符は因。因にはある状態がつづく、くりかえす、重なりあうという意味がある。古代中国では、きまった氏族の間で結婚がくりかえされた。そこから姻に結婚すること、‘とつぐ’ 、またそのような関係にある‘みうち’の意味が生まれたのであろう」

[考察]
因に「くりかえす」という意味があり、氏族の間で結婚がくりかえされたから、姻に結婚の意味が生まれたという。
問題は因に「くりかえす」という意味があるかだが、そんな意味に使った用例はない(ただし「重なる」という意味はある)。そんな意味がない限り、氏族の間で結婚がくりかえされたから、結婚の意味になるというのは考えにくい。
白川漢字学説では形声の説明原理がなく、すべて会意的に説くのが特徴である。Aの字とBの字を合わせて、AとBの意味を合わせた意味が導き出される。上の説明はこれになっていない。「女」に触れていない。ただ因の「くりかえす」だけで、結婚の意味を導き出した。これは白川漢字学説の違反である。

姻はすでに『詩経』(BC11世紀~BC7世紀)にあるほどの古語である。次のように使われている。
①原文:乃如之人也  懷昏姻也
 訓読:乃ち之(かく)の如き人 昏姻を懐ふなり
 翻訳:何とあの人[娘]は 結婚したいと思ってる――『詩経』 鄘風・蝃蝀

古人は「姻は因なり」という語源意識を持っていた。姻は因と同音である。姻は因から分かれてきた語、同源の語と見てさしつかえない。では因とは何か。その語の深層構造にあるイメージ、すなわちコアイメージを捉えるのが重要である。すでに因の項でも説明したが(38「因」を見よ)、A(ある物)を踏まえて(下敷きとして、乗っかって)Bが何かを行うというイメージであり、「Aの上にBが乗る」と概括できる。このイメージは「Aの上にBが重なる」というイメージにも展開する。次のような使い方がある。
②原文:因之以饑饉。
 訓読:之に因(かさ)ぬるに饑饉を以てす。
 翻訳:さらに饑饉が重なってやってきた――『論語』先進

②の因はAの上にBが重なるという意味である。
さて古代の婚姻の形態が氏族間で行われたのは想像に難くない。氏族の標識が姓である。Aという姓がBの姓が重なる、つまり結びつくことが婚姻である。Aの姓に属する女性がBの姓に属する男性の家に入るのを・ienといい、姻と表記された。「因(音・イメージ記号)+女(限定符号)」と解析できる。「Aの上にBが重なる」というイメージをもつ因から派生した語であり、文字である。姻は女性側からいう言葉なので、嫁ぎ先(夫の家)という意味が生まれる(これが姻家)。また女性側の身内の意味に展開する(姻属の姻)。