「院」

白川静『常用字解』
「形声。音符は完。もとは完の音で読む字であった。古くは 寏と書かれ、その異体字として院が用いられ、エンの音で読んだ。垣(かき、かきね)の意味で、‘かき、垣のある建物’を院という」

[考察]
白川漢字学説では形声の説明原理を欠くのが特徴である。本項では完と院の関係を説明できない。ただ垣の意味とするだけで、なぜ垣の意味が出たのか分からない。
字形から意味を導こうとすると袋小路に入ってしまうことがよくある。意味は形にあるのではなく、言葉にある。意味を知るには古典の文脈を調べればよい。ただし院は先秦の古典にはない。かなり後世に出現する字である。

『広雅』(三国魏の張揖の著)に「院は垣なり」とあるが、実際の用例は六朝時代になってからである。
 原文:此院冬桃不能得。
 訓読:此の院、冬の桃は得る能はず。
 翻訳:この庭では、冬の桃は得られない――王羲之「問慰諸帖」

王羲之は六朝時代の有名な書家。この文の院は屋敷の中の庭の意味だが、その前に「屋敷をめぐらす塀」が最初の意味。ここから、塀をめぐらした大きな屋敷・建物の意味→建物に囲まれた中庭の意味に展開する。
屋敷をぐるりと取り囲む塀という意味を表す語がɦiuanであり、これに対する視覚記号が院である。これは「完(音・イメージ記号)+阜(限定符号)」と解析する。なぜ完という記号が用いられるのか。完と院は同源であり、コアイメージが共通するからである。どんなコアイメージか。

完を分析すると「元(音・イメージ記号)+宀(限定符号)」となる。元が根源のイメージを提供する記号である。元は頭を表す記号だが、頭という実体に焦点があるのではなく、形態にポイントがある。頭はほぼ丸い形をしている。したがって「丸い」というイメージを元で表現できる(486「元」を見よ)。「丸い」は「丸く取り巻く」というイメージに展開する。完では「丸く取り巻く」というイメージが利用される。完は家の回りに塀や垣根を丸くめぐらしている情景を設定した図形になっている。ただし塀や垣根の意味を表すのではない。「丸くめぐらす」「「丸く周囲を取り巻く」というコアイメージを表現するために造形されたものである(209「完」を見よ)。円形は欠け目なく周囲まで行き渡る。したがって「欠け目なく全体に行き渡る」という意味をもつɦuanという語を完の図形で表記するのである。
かくて屋敷の回りを欠け目なく取り巻く塀を意味する ɦiuanという語の視覚記号として院が考案されたのである。元―完―院は「丸い、丸く取り巻く」というコアイメージが通底している。