「宇」

白川静『常用字解』
「形声。音符は于。于は先端がゆるく曲がった大きな刀の形で、大きなもの、ゆるやかに曲がったものの意味がある。説文に‘屋辺なり’ とあり、家ののきの意味とする。‘のき、いえ、おおきい’の意味に用いる」

[考察]
于がゆるく曲がった大きな刀の象形というのは新説だが、 どうもそんな形には見えない。于に「大きなもの」とか「ゆるやかに曲がったもの」という意味はない。『説文解字』では于を「一」と「丂」に分析し、気がゆるやかに伸びていくありさまと説いている。後世の文字学者にもあまり異説はないようである。

「丂」は一線と曲がりねる線から成っており、下から線が伸び出ようとするが、一線で遮られて出ていかない状況を暗示させる象徴的符号と見ることができる。漢字は静止画像で、動きは表せないが、人間の想像力で補わせる仕掛けはある。つまり動画風に図形を見る視点が必要な場合がある。「丂」もこの視点で見て、動きを捉えるのである。「丂」に「一」を加えた「亏」も同様に、平らな線を上に加えて、下から伸び出て行こうとするが、まっすぐなものが上面につかえて、曲がってしまう状況を暗示させると読むことができる。この図形的意匠によって、「⁀形に曲がる」というイメージを示す記号になりうる。視点を変えれば「⁀」のイメージは「‿」のイメージにも転化する。また「⁀」は上から覆うイメージ、「‿」は下にへこむイメージでもある。したがって「⁀形に覆いかぶさる」「‿形にくぼむ」というイメージを「亏」の記号で表現できる。「于」はこの「亏」と同じ(異体字)である。

かくて「宇」が何を表そうとするかが見えてくる。古典では次の使い方がある。
 原文:七月在野 八月在宇 九月在戸
 訓読:七月野に在り 八月宇に在り 九月戸に在り
 翻訳:[コオロギは]七月には野にいて 八月にはのきに来て 九月には戸に入ってくる――『詩経』風・七月

宇は建物の屋根・のき・ひさしという意味の古典漢語ɦiuagを表記している。宇は「于(音・イメージ記号)+宀(限定符号)」と解析する。「于」が語の深層構造に関わる基幹記号である。これは「⁀形に覆いかぶさる」といコアイメージを表している。「宀」は家や建物と関係があることを示す限定符号である。したがって宇は建物の⁀形にかぶさる部分を暗示させることができる。この図形的意匠によって、家の屋根、またその一部である軒や庇を意味する語の代替記号(視覚記号)となる。
なお宇の意味が拡大されて宇宙という使い方が生まれた。これは『荘子』に典拠がある。宇は⁀形を呈するというコアイメージがある。隠喩によって、⁀形をなす大空、⁀形に大地に覆いかぶさる空間という意味に転じた。これが宇宙の宇である。宙については該項参照。