「永」

白川静『常用字解』
「象形。流れる水の形。永は水が合流して勢いよく流れるところで、水の流れの長いことをいう。水の流れの長いことから、すべて‘ながい’ 、特に時間の長く久しいの意味に使われることが多い」

[考察]
形から意味を導くのが白川漢字学説の特徴である。しかし水が勢いよく流れることから、「水の流れの長い」という意味を導くのがぴんと来ない。「勢いのよい」と「長い」は結びつきが悪い。「勢いのよい」のはむしろ「急速、速い、間隔が短い」というイメージであろう。形から意味を導くのは無理である。

いったい意味はどこにあるのか。意味は言葉にあるというのが言語学の常識である。永が代替する言葉は何であり、それがどんな意味をもつかを調べることが先立つべきである。 永は古典漢語のɦiuăŋを表記する視覚記号であり、古典では次のような文脈で使われている。
①原文:江之永兮 不可方思
 訓読:江の永き 方(いかだ)すべからず(兮・思はリズム調節詞で、訓読しない)
 翻訳:川[長江]は長いよ いかだじゃ渡れぬ――『詩経』周南・漢広
②原文:獨寐寤言 永矢弗諼
 訓読:独り寐(い)ね寤(さ)めて言ふ 永く矢(ちか)ひて諼(わす)れず
 翻訳:ひとり寝の夢覚めてつぶやく 逢瀬忘れるまいいついつまでも――『詩経』衛風・考槃

①は空間的に長い、 ②は時間的に長いという意味で使われている。両者に共通するのは「どこまでも長く続く」というイメージである。『詩経』で①の用例はたった1例だが、②は30例以上もある。早い時期(『詩経』はBC11世紀~BC7世紀)に永は時間語として使用されたようである。時間の長さは空間化されて表象されることが多い。長や常もこの例。日本語の「ながし」も英語のlongも空間から時間へ転用される。世界言語におけるこのような転義現象は普遍的のように見える。
「どこまでも(いつまでも)長く続く」という意味の語を視覚記号に変換するに際し、具体的な物のイメージを借りて図形化が行われた。これが永である。『説文解字』に「永は長なり。水の坙理(筋道)の長きに象る」とあるように、水流が幾筋かに分かれていく情景を設定した図形になっている。川は最終的には海に注ぐが、その間にいくつかの支流が合流する。そのような筋道を作りながら長く続いていく。川という地理的特徴から発想されて永の図形が考案され、この意匠によって、「どこまでも(いつまでも)長く続く」という意味のɦiuăŋを表記するのである。
「永」と「𠂢」は鏡文字である。永は筋道が長く続くところにポイントがあり、𠂢は筋道に分かれるところにポイントがある。