「栄」
正字(旧字体)は「榮」である。

白川静『常用字解』
「形声。 音符は𤇾𤇾のもとの字形は[𤇾+乂]で、夜中の警備などのときに燃やす篝火の形である。その篝火の明るく燃えさかる様子を栄といい、‘はなやぐ、はえる、さかえる’の意味となる」


[考察]
形から意味を導くのが白川漢字学説の特徴である。篝火が明るく燃えさかる→はなやぐ・はえる・さかえるの意味が出たという。
問題が二つある。榮は木と関係があるはずだが、木について触れていない。なぜ木偏の字が「はなやぐ」の意味になるのか。もう一つは𤇾の意味と関わっているからには、会意文字となるはずである。Aの意味とBの意味を合わせてCの意味を解釈するのが白川漢字学説の方法である。これは会意の手法である。白川漢字学説には会意の手法はあるが、形声の説明原理がない。

最も大きな問題は形に意味があるかということである。意味とは何か。白川漢字学説では意味は形にあるとして、形の解釈を意味とする。しかしこれは根本的な誤りである。意味は言葉の意味である。言語学では、言葉(記号素)は音声要素(聴覚映像)と意味要素(概念・イメージ)の結合体というのが定義である。定義上、意味は言葉に属する。形は言葉を表記する図形(視覚的な記号)であって、直接意味を表すわけではない。「犬」は古典漢語k'uənを喚起する視覚記号であり、聴覚記号のk'uənに「いぬ」の意味がある。文字の「犬」の形が直接「いぬ」を表すのではない。漢字は表意文字だから形が意味を表すというのは錯覚である。表意文字とは表音文字と組みになる用語で、記号素の音声部分のレベルで視覚記号に変換するのが表音文字(音素文字)で、これに対して意味部分のレベルで視覚記号に変換するのが表意文字(記号素文字)である。後者の形(図形)は記号素と対応し、記号素の意味のイメージを近似的に暗示させるだけで、十全に、完璧に、意味を表すわけではない。「犬」はたまたま一対一に対応するので、「犬」と「いぬ」が結びつくが、図形と言葉の意味がぴったり対応しない場合の方がむしろ多い。
榮を「篝火が明るく燃えさかる」と解釈しても「はなやぐ」とはぴったり対応しない。図形から意味を求めることはできない。では意味はどこにあるのか。古典の文脈にある。文脈における語の使い方が意味である。榮は古典では次のような用例がある。

①原文:凡道無根無莖無葉無榮。
 訓読:凡そ道は根無く、茎無く、葉無く、栄無し。
 翻訳:いったい道[宇宙の根源]というものは根も茎も葉も花もないものだ――『管子』水地
②原文:其生也榮。
 訓読:其の生くるや栄ゆ。
 翻訳:彼が生きている間は繁栄する――『論語』子張

①は「はな」の意味、②は「さかえる」の意味で使われている。これらの意味をもつ古典漢語がɦiuĕŋであり、これを榮と表記する。なぜこのような図形が生まれたか。ここから字源の話になるが、字源の前提には語源がある。
𤇾という記号は榮のほかに營・螢・瑩・熒・鶯などに含まれ、一つの同系語群を形成する。𤇾は火を二つ並べた形に冖(∩の形に取り巻く符号)を添えて、光源が丸く取り巻いたともしびを設定した図形である。𤇾は独立した字にはなっていないが(独立字としては熒がある)、上記の語群の音・イメージ記号として用いられている。この記号は「丸く周囲を取り巻く」というコアイメージを示すために考案されたと考えてよい。歴史的には「丸く周囲を取り巻く」というコアイメージをもつ語があり、これを中心にして同源語が次々に派生していく過程で、このコアイメージを表すためにaの記号が造形されたと考えられる。

これらの語群に属する語で樹木の意味領域に関係のあるものが榮である。これは何か。1にあるように「はな」の意味である。「はな」を表す古典漢語には花・華・英・葩などがあるが、榮はこれらとは違う「はな」である。何が違うか。花には一輪咲きの花もあれば、集合した花もある。サクラは小さな花が樹木に群がり、全体を覆った形に見える。このような樹木に覆いかぶさるような形態をした花がɦiuĕŋと呼ばれる花である。この語の根底に「丸く周囲を取り巻く」というコアイメージがあるので、aの仲間と同源という意識が働き、「𤇾(音・イメージ記号)+木(限定符号)」を合わせた榮が考案され、木の全体を取り巻く特徴をもった「はな」を暗示させるのである。ちなみに英語のblossomは果樹の花、特に木の全体を取り巻く花で、栄える意味にも展開するという。榮にも2の用法があり、英語のblossomと意味も転義も同じである。