「営」
正字(旧字体)は「營」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は𤇾。𤇾のもとの字は[𤇾+乂]で、篝火の形である。兵士たちの居住する兵舎や宮殿の前で篝火を燃やして警戒した。営の下部の呂は口(兵舎や宮殿などの建物の平面形)を二つ連ねた形で、営は軍隊や宮殿などの仕事にいそしみ努めることから、‘いとなむ’の意味となる」


[考察]
形から意味を導くのが白川漢字学説の特徴である。兵士たちの住む兵舎や宮殿の前で篝火を燃やして警戒する→軍隊や宮殿の仕事にいそしみ努める→いとなむと意味を導く。
意味は形から出てくるものだろうか。そもそも意味とは何か。意味は言葉の意味であって、ほかに有りようがない。「人生の意味」とか「絵画の意味」などと言っているのは比喩であって、比喩も言葉の意味が根源にあって初めて理解できる。漢字における意味というのは古典漢語という言葉の意味である。それは古典の文脈で使われた意味である。文脈がなければ意味の取りようがない。
白川漢字学説では図形的解釈と意味が混乱している。「軍隊や宮殿などの仕事にいそしみ努める」は図形的解釈であって意味ではない。篝火から軍隊を導くのは必然性がない。
營がどのように古典で使われているかを調べるのが先である。

①原文:營營青蠅 止于樊
 訓読:営営たる青蠅 樊に止まる
 翻訳:ぐるぐる回るあおばえは 生け垣の上に集まった――『詩経』小雅・青蠅
②原文:經始靈臺 經之營之
 訓読:霊台を経始す 之を経し之を営す
 翻訳:聖なるうてなを築こうと 設計し区画をつける――『詩経』大雅・霊台

①では「周りを回る(めぐる・めぐらす)」の意味、②は「区画をつける」の意味で使われている。注釈では「営は繞(めぐる)なり」「営は環(めぐらす)なり」の訓がある。周りをめぐるというのが基本の意味で、具体的文脈では2のように、根拠地を造営する際、土地に区画をつけて周りを柵などで囲む行為に営という語が使われている。これらを意味する古典漢語がɦiueŋであり、この聴覚記号を図形に表して營と書く。
營はどういう図形か。ここから字源の話になる。𤇾は榮・瑩・熒・螢・鶯などの語群に共通する記号で、これらに共通のコアイメージを提供する記号である。すなわち「周囲を丸く取り巻く」というコアイメージが一群の語の深層構造に存在する(56「栄」を見よ)。
𤇾を除いた呂は背骨という具体物を表す図形であるが、背骨という実体に焦点があるのではなく、その形態にポイントがある。背骨は〇-〇-〇-のように連なっている。だからこのようなイメージを示す記号になる。「𤇾(音・イメージ記号)+呂(イメージ補助記号)」を合わせたのが營である。これは土塁や柵などを▯-▯-▯-の形に並べ連ねて周囲を丸く取り巻く情景を暗示させる図形である。この図形的意匠(デザイン、図案)によって、「周りをめぐる・めぐらす」、また「土地に区画をつけて柵でめぐらす」という意味をもつ古典漢語ɦiueŋの視覚記号とする。
『詩経』で土地の区画をつけるという意味で使われてから、仕事や事業を計画して行う(いとなむ)という意味を派生した。「いとなむ」は最初の意味ではなく転義である。