「詠」

白川静『常用字解』
「形声。音符は永。永は水の流れが合流して、その水脈(水路)の長いことをいう。強く長く声をのばして詩歌(漢詩と和歌)を歌いあげることを詠といい、‘うたう’の意味となる」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理はなく、すべて会意的に説くのが特徴である。Aの意味とBの意味を合わせて、「A+B」をCの意味とする手法である。永(水路が長い意味)と言(言葉、言うの意味)とを合わせて、「強く長く声をのばして詩歌をうたいあげる」を詠の意味とする。白川漢字学説によれば詠は会意文字のはず。

形に意味があるとするのは誤りである。意味は言葉にある。だから漢字の説明は形→意味の方向ではなく、意味→形の方向に説くのが理屈に合う。
では意味はどうして分かるのか。文脈における言葉の使い方を調べれば分かる。詠の用例を見てみよう。
 原文:風乎舞雩、詠而歸。
 訓読:舞雩ブウに風し、詠じて帰らん。
 翻訳:雨乞い場で風に当たり、歌を吟じながら帰ろう――『論語』先進

声に抑揚をつけてうたうことは歌であるが、声を引き延ばして唸るようにようにしてうたうことが詠である。「詠は永なり」が古人の言語意識である。だから「声を引き延ばしてうたう」ことを永と同音でɦiuăŋといい、「永(音・イメージ記号)+言(限定符号)」を合わせた詠で表記する。「長く延びる」が永のコアイメージで(52「永」を見よ)、このコアイメージをもつ語群のうち、意味領域を言語と関係のある分野に限定すると、「声を長く伸してうたう」を意味する語が誕生する。
以上が意味→形の方向で説いた詠の成り立ちである。