「疫」

白川静『常用字解』
「形声。音符は役の省略した形。殳は杖で打つの意味の字で、役は遠くに行くの意味であるから、疫とは広く流行する病気、‘えやみ、はやり病’ をいう」

[考察]
杖で打つ→遠くに行く→流行する病気というつながりがぴんと来ない。 同書の役の項では「武器をとって遠く辺境に出かけて守備につくこと」とある。これでは病気との関係がよく分からない。
形から意味を導くのが白川漢字学説の特徴であるが、形声の説明原理がないため、すべての漢字を会意的に説こうとするが、意味が通らないことがある。
形→意味の方向ではなく、意味→形の方向に説明するのが漢字理解の正道である。
古典ではや疫は次のような用例がある。
 原文:民殃於疫。
 訓読:民、疫に殃(わざは)ひあり。
 翻訳:人民には流行病の災害がふりかかる――『礼記』月令

古典に「疫は民皆病むなり」の訓がある。流行病は見境なく全員に襲いかかる自然災害の一種とされている。だから「疫は役なり」という語源意識があった。すべての人民に課せられる仕事(労働・戦役など)が役であり、すべての人民に襲いかかる病気を疫というのである。したがって流行病を意味する語を役と同音でyiekといい、その視覚記号を役の省略形である殳を使って疫と表記した。
疫は「役の略体(音・イメージ記号)+疒(限定符号)」と解析する。字源の説明はこれだけで、残りは語源の説明である。語源を説明して初めて字源の説明は完了する。語源のない字源説は中途半端である。