「益」
正字(旧字体)は[a+皿](皿の上にaを書く)である。
a=[八+一+八]を縦に重ねた形(溢の右側)。

白川静『常用字解』
「この字には二つの系統がある。1会意。水と皿とを組み合わせた形。皿の上に水が溢れている形で、溢のもとの字である。水が溢れることから、‘ます、増加する’ の意味となる。2象形。二またに分かれた糸の端の部分を縊(くく)りとめた形。縊(くびる)のもとの字である」

[考察]
形から意味を引き出すのが白川漢字学説の特徴である。1では皿の上に水が溢れる→ます(増加する)と意味を導く。また2では縊の原字とするが、「ます、増加する」の意味との関わりが不明。1と2はばらばらで何の関係もないように見える。
形から意味を読み説くのは逆立ちした方法である。

歴史的、論理的には「ます、ふえる」の意味をもつ・iekという語があり、この聴覚記号を視覚記号に換えて益(正字は上記の通り)という図形が創作された。このように字源を説くのが正しい。
しかし字源の前に語源を考える必要がある。語源を究明して初めて字源の由来も明らかになる。古人は「益は阨ヤク(ふさがって狭い)なり」と語源を説いている。阨・扼は「ふさがる」「詰まる」というイメージをもつ語である。益もこのイメージがあり、嗌アイ(のどが詰まる)、搤ヤク(締めつけられ動きがとれない)、隘アイ(ふさがって狭い所)などはこのイメージが根底にある。縊死の縊(のどを締めて殺す)も同じ。「ふさがる」「詰まる」というイメージはある空間内に物がいっぱいあってぎゅうぎゅう詰めになった状態である。このイメージは言い換えれば「いっぱいになる、満ちる」というイメージである。このように「ふさがる」「詰まる」「満ちる」は互いに転化し合う三つ組イメージと言える。
・iekという語の深層構造には「ふさがる」「詰まる」「満ちる」というイメージがあり、どのイメージに視点を置くかによって実現される意味が違ってくる。「ふがる」に視点を置くと狭隘の隘、「詰まる」に視点を置くと縊死の縊が実現される。「満ちる」に視点を置いたのが増益の益である。かくてなぜ「ます、ふえる」の意味をもつ語が益という図形で表されるかの理由が明らかになる。「ます、ふえる」は「いっぱい満ちる」の結果である。「いっぱい満ちる」を図形化すれば「ます、ふえる」を表現できる。「水+皿」を合わせて、皿に水がいっぱいになる情景を暗示させる。具体的な場面を設定することによって抽象的な意味を表現しようとする。以上が益の由来である。