「液」

白川静『常用字解』
「形声。音符は夜。夜に掖(たすける)・腋(わき)の音がある。樹液のように、中からにじみ出てくるような水分をいい、‘しる’ の意味に用いる」

[考察]
白川漢字学説では形声の説明原理がない。すべての漢字を会意的に説くのが特徴である。本項では夜(よる)との関係を説明していない。なぜ夜と水を合わせて「しる」の意味が出るのかの説明に窮した。字源を放棄せざるを得ない。
漢字は圧倒的に形声文字が多い。白川学説ではこの類の字に字源放棄が多い。形声の説明原理がないのは白川漢字学説の欠点の一つである。

形声文字とはどういうものか。これを明らかにすることは漢語と漢字の本質に迫ることである。
簡単に図式化すると形声文字の構造は次の公式によって与えられる。

 A(音・イメージ記号)+B(限定符号)

Aは語の深層構造に関わるものであり、コアイメージを提供する記号である。Bは語の意味領域を限定する記号である。液は「夜(音・イメージ記号)+水( 限定符号)」と解析される。夜が液の根源に関わる基幹記号である。夜は「よる」という意味と関わっているのではない。深層のイメージと関わっているのである。語の深層のイメージが具体的文脈において表層に現れたのが意味である。つまりコアイメージが実際の発話に実現されるのが意味である。意味とイメージは同じではない。では「夜」の根源のイメージとは何か。それは古人が「よる」という時間をどのように捉えていたかと関わってくる。

一日のうちの朝・昼・夜という時間はどのように捉えられたのか。詳しくはそれらの項で説明するが、ここでは夜を簡単に説明しよう。夜を分析すると「亦エキ(音・イメージ記号)+夕(限定符号)」になる。亦がコアイメージを示す基幹記号である。亦は大(人の形)の両側に八の符号をつけて両脇を指示する記号である。この意匠によって、「両脇」のイメージ、「同じものが両側にもう一つある」というイメージを表すことができる。図示すると「▯・▯」の形である。・の両側に▯がある形である。・を中心と見れば▯は脇である。これを一日の時間に置き換えると、活動の中心である時間帯が昼、昼を挟んで休止する時間帯が「よる」であり、これを夜の記号で表す。夜の根底にあるイメージ、すなわちコアイメージは「同じものが両脇にもう一つある」ということで、これは「▯・▯」の形に抽象化できるのである。

イメージは固定していない。転化する。「▯・▯」のイメージに動きを与える(次々に連鎖させる)と、「▯・▯・▯・▯」というイメージに転化する。これは「数珠つなぎ」のイメージである。「・・・・」のように点々とつながるというイメージでもある。点の連続は究極では線になる。「・・・・」のイメージは「――」のような線条のイメージに転化する。ここに新たなイメージが生まれたことになる。「夜」は▯・▯のような両脇のイメージから、「・・・・」のような数珠つなぎのイメージ、さらに線条のイメージになるのである。かくて・iek(液)という語がどんなコアイメージをもち、どんな意味に使われるかが明らかになる。実際の文脈では次の用例がある。
 原文:以爲門戸則液樠、以爲柱則蠹。
 訓読:以て門戸を為(つく)れば則ち液樠マンす、以て柱を為れば則ち蠹トす。
 翻訳:[不材の木で]とびらを造ると汁がしみ出、柱を造ると虫が食う――『荘子』人間世

液は「しる」の意味で使われている。点々と滴り落ちる液体、あるいは線条的に流れ出る液体である。汗や唾液など、体液の意味もある。いずれにしても「・・・・」の形に点々と垂れるというイメージ、また「――」の形に線状をなして滴るというイメージをもつ語が・iekであり、この古典漢語を表記するために「夜(音・イメージ記号)+水(限定符号)」を合わせた液が考案されたのである。