「駅」
正字(旧字体)は「驛」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は睪エキ。睪(やぶれる)は獣の屍体の形。罒は目、下の幸の形が肢体(手と足)の形である。その肢体はそれぞれの部分に釈(と)けて分解するので、睪はほぐれて長く続くような状態のものをいうことが多い。睪がほぐれて長く続くものを意味するように、駅とは長い道路によって連なる‘うまや’ をいう」

[考察]
字解に問題がある。睪を「目+幸(手足)」の結合とするが、睪がなぜ獣の屍体になるのか、よく分からない。屍体は死体であり、肢体とは違う。また肢体(四肢)は枝分かれしたものであるが、釈けて分解するというのが分からない。死体と肢体が混乱しているのではないか。
睪を「それぞれの部分に釈けて分解する」→「ほぐれて長く続くような状態のもの」と導くが、「釈けて分解する」はばらばらになるというイメージ、「ほぐれて長く続く」はつながって連続するというイメージだから、二つは結びつかない。睪から「ほぐれて長く続く」を導くのは無理。これから「長い道路で連なるうまや」の意味を引き出すのも無理がある。
形から意味を求めるのが白川漢字学説の方法である。図形的解釈をストレートに意味とするから、余計な意味素が混入してしまう。駅は「うまや」であって、「長い道路で連なる」は余計である。

意味は言葉にあるのであって、形にあるのではない。では意味をどうして知るのか。言葉が使われている文脈から知るほかはない。これが唯一の方法である。文脈がなければ意味の取りようがない。驛は次の用例がある。
 原文:乘驛而自追晏子。
 訓読:駅に乗りて自ら晏子を追ふ。
 翻訳:乗り継ぎ馬に乗って、自ら晏子[人名]を追いかけた――『呂氏春秋』士節

古代に人や物、文書などを次々に伝送(伝達)する交通・通信の制度、つまり宿継ぎの中継所があった。これを古典漢語ではyiakといった。また宿場を乗り継ぐ馬もyiakといった。言葉としては馬が先か宿場が先か分からない。同時に両方の意味があったというのが真実に近いかもしれない。ただ文字表記は馬という限定符号がつけられた。1の用例は乗り継ぎの馬の意味で使われている。
なぜ宿継ぎの根拠地や乗り継ぎの馬を意味する語に驛という視覚記号が与えられたのか。それは宿継ぎに対する古人の捉え方に理由がある。宿継ぎはAの地点からBの地点へ、さらにCの地点へと、目的地まで点々と馬を乗り継いで伝送するのであるから、A-B-C-という連鎖のイメージ、数珠つなぎのイメージがある。このようなイメージを表すために考案された記号が睪である。睪という基幹記号が創造されて、睪のグループ(単語家族)が形成された。擇(択)・澤(沢)・譯(訳)・釋(釈)・繹・懌などが生まれ、これらの語群は「数珠つなぎ」「点々と連なる」というコアイメージを共通にする。宿継ぎもまさにこのイメージなので、この語群の一員とする語源意識が生じ、yiakという音と驛という図形が作り出された。
驛は「睪(音・イメージ記号)+馬(限定符号)」と解析できる。これはどんな図形的意匠なのか。睪を解剖してみる。「罒+幸」に分析する。罒は目と同じ。幸は手枷(手錠)の形である。「目+幸」は極めて舌足らず(情報不足)な図形で何とでも解釈できるが、幸を犯人や容疑者の象徴と見ると、犯人や容疑者を目視する場面と想定することができる。犯人を特定するために容疑者を面通しする場面を設定したのが睪と解釈できる。面通しする場面では何人かの容疑者をのぞき見して違うかどうかを判定する。このような情景を図示するとA-B-C-というぐあいに次々につながっていく。数珠つなぎのイメージになる。したがって「数珠つなぎ(ー・ー・ー・の形)につながる」というイメージを睪で表しうる。かくてー・ー・ー・の形に点々とつながる宿場、その宿場を乗り継ぐ馬という意匠をもった驛が成立する。ただし意味はただ「宿継ぎ(宿場)」「乗り継ぎ馬」である。