「延」

白川静『常用字解』
「会意。𠂛と廴とを組み合わせた形。𠂛は乏ともと同じ形で、死者が手足を折り曲げている形。廴は細長い道。死者を埋葬した玄室につづく長い地下の道を延道という。ゆるやかに地下の玄室にまで延びる道であるので、延は‘のびる、のばす、つらなる’の意味となる」


[考察]
解字に疑問がある。𠂛と乏が同じ形には見えない(篆書を比較せよ)。また乏の項では乏を「仰向けの死体の形」と言っている。「仰向け」と「手足を折り曲げている」では形状が違う。
「手足を折り曲げている死者」と「細長い道」を合わせて、なぜ「死者を埋葬した玄室につづく長い地下の道」の意味になるのか、理解し難い。死者→玄室→地下の道と連想を進めるのであろうか。玄室まで地下の道が長くのびるから、「のびる」の意味になったというが、延の形から「のびる」の意味が出たというのは迂遠な話である。

いったい形に意味があるのだろうか。凹は「へこむ」、凸は「突き出る」。この場合は確かに形に意味がありそうである。しかし多くの漢字は形から意味が出てくるわけではない。「延」から「のびる」の意味が出るのではなく、「のびる」の意味をもつ語を延と表記する、こう考えるのが歴史的、論理的である。ではなぜこんな表記が生まれたかは次に考えることである。語源的な探求の後、初めて字形の由来が明らかになるのである。
まず言葉から出発し、それから字形に目を向けるのが漢字理解の正道である。

①原文:延頸而鳴。
 訓読:頸を延(ひ)きて鳴く。
 翻訳:[鳥は]首を長く延ばして鳴いている――『韓非子』十過
②原文:君亦悔禍之延。
 訓読:君も亦(また)禍の延ぶるを悔ゆ。
 翻訳:君主もまた災禍が長引くのを後悔した――『春秋左氏伝』成公二十三年

①は空間的に長く延びる・延ばす、②は時間的に長く延びる(長引く)という意味で使われているが、「長くのびる」は共通である。空間や時間の間隔が間延びする、ずるずると長くのびるという意味をもつ古典漢語がyian(推定)であり、この聴覚記号を表記したのが延である。これはどのような意匠をこめた図形か。
造形の意匠作りのために歩く場面が設定された。歩く際、両足を交互に踏み出して進む。一つの足をA点からB点まで進め、他の足をC点まで進めると、AからCまでの距離を進んだことになる。歩いた空間は間延びした形状になる。「長く延びる」というイメージを歩行の場面から捉えることができる。ここから図形的意匠が工夫される。「止(足。イメージ記号)+丿(のばす印。イメージ補助記号)+廴(限定符号)」を合わせた延は歩幅を延ばして進んでいく情景という意匠になっている。止は足(foot)の形。廴は彳(行の左半分)の下部を引き延ばした形で、空間的に延びる・延ばすことを示すための限定符号である。これによって、「長くのびる」という意味をもつ語の視覚記号とする。空間的イメージは時間的イメージにも転用できる。延長の延は空間も時間もカバーする。