「援」

白川静『常用字解』
「形声。音符は爰。爰は一つのものを上下から手で援(ひ)く形で、‘ひく’ という意味があり、援はその音と意味を受ける字である。爰はすでに両手があるので、援は余分に手を加えた形。爰(ひ)いて助けるので、援は‘たすける’の意味となる」

[考察]
形から意味を引き出すこと以外はおおむね妥当な説である。しかし「爰いて助けるので援は‘たすける’の意味となる」という意味展開はおかしい。引く→助けるという転義は必然性がない。
意味は形にあるのではなく言葉にある。古典における援の使い方を見てみよう。
①原文:援弓繳而射之。
 訓読:弓繳キュウシャクを援(ひ)きて之を射る。
 翻訳:いぐるみ[獲物を捕らえる道具]を引いてそれを射た――『孟子』告子上
②原文:嫂溺則援之以手乎。
 訓読:嫂溺るれば則ち之を援(たす)くるに手を以てするか。
 翻訳:兄嫁が水に溺れたら手を貸して助けるだろうか――『孟子』離婁上

①は「ひく」、②は「たすける」という意味で使われている。「ひく」と「たすける」はどんな関係があるのか。これをつなぐのがコアイメージである。ではɦiuănという古典漢語の深層にあるイメージは何であろうか。図形を解剖してヒントを求めてみる。
爰にコアイメージの源泉がある。これを解剖する。「爪(下向きの手)+于(紐状のもの)+又(上向きの手)」と分析できる。上下から紐状のものを←の方向と→の方向に引っ張って中間に隙間をあける情景を暗示させる。前半に視点を置くと「引っ張る」というイメージ、後半に視点を置くと「(隙間をあけて)ゆったりさせる」というイメージになる。「引っ張って緊張したものをゆったりさせる」というイメージが視点の置き所によって二つのイメージを同時に表すことができる。これが爰である。
援は「爰(音・イメージ記号)+手(限定符号)」と解析する。
①では爰の「引っ張る」というイメージが具体的文脈に現れると「ひく」の意味が実現される。②では「緊張した状態をゆるめる」というイメージから、緊迫した事態に手を差し伸べて急場を救う、つまり「たすける」という意味が実現される。以上のように「ひく」と「たすける」は「引っ張って緊張したものをゆったりさせる」というコアイメージの二つの展開相なのである。「引く」から「助ける」の意味が出てくるわけではない。