「王」

白川静『常用字解』
「象形。大きな鉞(まさかり)の頭部の形。柄をつけた全体の形は戉(鉞)である。それは王のシンボルであるから、‘きみ、君主’ の意味となる」

[考察]
 形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。鉞を描いた形から、「きみ、君主」の意味になったという。それは鉞が王位を示す儀礼用の道具で、玉座の前に置いたからという。
「きみ、君主」を言い表す言葉はどうだったのだろうか。鉞の形の前にすでにあったはずである。言葉があれば意味もあったはずである。そうすると鉞の形から「きみ、君主」の意味が出たというのは変である。

形→意味の方向に漢字の由来を求めると、どうしても理屈に合わなくなる。意味→形の方向に漢字を見るのが、歴史的かつ論理的である。
「きみ、君主」(つまりキング)の意味をもつ古典漢語がまず存在した。 ɦiuaŋのような音と推定されている。これは聴覚記号である。目に見えない。目に見えるようにするためには視覚記号に切り換える必要がある。古人はこれに「王」という図形を考案した。この図形を何と見るか、つまり字源については諸説紛々であるが、斧や鉞を描いたとする説が主流になりつつある。筆者もそう考える。しかし斧や鉞をストレートにキングと結びつけるのは無理がある。せいぜい王位を象徴する道具という説明ぐらい。

いったい漢字の原理とは何かを振り返ってみよう。言葉(記号素)の二要素(能記と所記)のうちの所記(意味されるもの、概念・イメージ)のレベルで視覚記号に変換する方法が漢字の原理である。ɦiuaŋという言葉(記号素)の所記はキングである。これに対するイメージは何であろうか。おそらく民のトップに立つ人、偉大な人というイメージであろう。これを抽象化すると「大きい」というイメージだ。この抽象的なイメージを具体物で表現しようとする。ここから発想されたのが鉞のような道具の図形「王」である。漢字を造形するテクニックは実体よりも形態や機能が重視される。鉞という実体にこだわると行き詰まる。鉞の形態に重点を置く。鉞は広がった刃に特徴がある。ここから「広がって大きい」というイメージをつかまえることができる。これは空間的なイメージである。しかし漢字の世界(古典漢語)は空間的なイメージ、時間的なイメージ、物理的なイメージ、心理的なイメージなどは自由自在に連合する。これらは可逆的(相互転化可能)なイメージなのだ。
かくて「大きい」というキングにまつわるイメージを空間的なイメージで表象する。これが「王」という図形の成り立ちである。「王」を鉞の形とするだけにとどめては発展性がない。「大きい」「大きく広がる」というコアイメージを捉えれば、「王」と同源のグループ、往・狂・旺・枉・汪など、更に皇帝や天皇の皇と、そのグループ煌・凰・徨・遑・篁・蝗などの説明が一挙にできる。