「桜」
正字(旧字体)は「櫻」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は嬰。嬰に鸚(おうむ)の音がある。鳥のおうむは鸚鵡とかく。桜は中国では桜桃(ゆすらうめ)という語であった。わが国では“さくら” をいう」

[考察]
白川漢字学説では音をどう見ているのか。定義はないが、漢字の読み方と考えているふしがある。これは一般常識かもしれないが、大きな間違いである。 漢字の音は、Aをエー、αをアルファ、「あ」をアと呼ぶ類の文字の読み方(呼び方)ではない。漢語の記号素の音声部分の読み方が音なのである。ということは、音とは言葉そのものと言ってさしつかえない。これを理解しないと漢字の理論は成り立たない。
上では嬰に鸚の音があるというが、何を言いたいのかよく分からない。嬰はエイであってオウではない。鸚鵡と櫻に何の関係があるというのか。嬰と鸚は音も意味も違う。
白川漢字学説には形声の説明原理がないのが特徴である。それは言葉という視点がないからである。だからすべての漢字を会意的手法で解釈する。しかし本項では嬰の説明がつかないので、会意的に解釈できない。字源放棄と見なさざるを得ない。

歴史的、論理的に漢字を考える必要がある。まず意味をもつ言葉があった。これは聴覚記号である。目に見えない。目に見えるようにするために視覚記号化された。ここで漢字が成立する。
サクランボを意味する古典漢語は・ĕŋ(呉音ではヤウ、漢音ではアウ)である。この語を再現させる視覚記号として櫻が考案された。ではなぜこんな図形が考案されたのか。ここで初めて字源の話になる。
サクランボは赤い実が生る。ネックレスの玉のようだ。赤ちゃんの唇に見立てることもできる。いずれも小さく丸みをおびて色が赤いという共通点がある。だから嬰児(赤ちゃん)の嬰がイメージを表す記号として選ばれた。嬰に含まれる賏エイはネックレスという意味がある。したがって、「嬰(音・イメージ記号)+木(限定符号)」を合わせた櫻という図形が考案され、これによってサクランボ(正式名はシロハナミザクラ、あるいはシナミザクラ)を意味する・ĕŋを表記した。
このような語源説は筆者の思いつきではない。すでに李時珍の『本草綱目』などに出ている。

歴史的、論理的に漢字を説くなら、漢字を形→意味の方向に見る軸から、意味→形の方向の軸に逆転させる必要がある。これで初めて漢字の成り立ちが理解できるようになる。

なお櫻をサクラに当てたのは日本の古辞書『新撰字鏡』である。現在では中国でも櫻をサクラに使っている。漢字の川は中国→日本への流れだけではなく、日本→中国への流れも多いのである。